【神話の国ギリシャとエーゲ海クルーズツアー】2日
【1人参加旅ツアー・阪急交通社(トラピックス)】
デルフィ遺跡:見学
こちらの階段を昇る途中に「アテネ人の宝物庫」があります。その前に「地球のヘソの石」が見えます。
宝といっても闘いで勝利した記念に造られた像が多かったのだろう。
「BOEOTIANS」の金庫、つまり宝物庫があった場所かな?
オンファロス
こちらの石の方が先程博物館で見た「オンファロス」より”地球の中心の石”っぽく見える。
ツアーなので、どんどん進んでいきます。こちらは撮影に必死でガイディングレシーバー経由の解説も全然頭に入りません。。
こちらの宝物庫の上部には何かのレリーフが飾られているみたい。
アテネ人の宝物庫
1904~1906年にフランス考古学研究所の手によって、ほぼ完全な状態で復元された「イン・アンティス」のドーリス式宝庫。
「イン・アンティス」とは神殿形式の1つで周囲を壁で覆い、その内側に2本の柱が並ぶものでギリシャの神殿の中では最も簡単な形式である。
神殿の正面から見ると、その特徴が分かりやすい。
こちらは紀元前490年、もしくは紀元前508年に建てられたという説がある。
そして丘を登っていくと、上にアポロン神殿の柱跡が見えてきます。
また別の猫が寄ってきました。
こちらの猫は積極的に寄って来て、足元にすり寄ってきます。
「もしかして、これが触って欲しい猫??」
アポロン神殿を守る??猫
無防備にも仰向けになる大胆な猫ちゃん・・・。背中や頭は手が届かないからか、触ってあげると喜ぶみたいですね!
そういえばアポロン神殿の前辺りのこの付近にスフィンクス像のあった場所だったっけ。
こういう円柱を見ると「これぞ、ギリシャ!!」という雰囲気が出てくる!
ふと横を見ると、タトゥーが入ったごっつい体格のイカつそうなお兄ちゃんが岩に座ってスマホに夢中になっている。。
もしかしてスフィンクス像が上に載っていた柱の一部??
わざわざここに置いている位だから、何か意味のある柱のハズ・・・。
ただスフィンクス像があったとされる場所はもう少し右側のハズ。。となると画面右側の柱跡の方がそれっぽいような・・・。
日差しを遮るものがなく、歩いていると段々ポカポカしてきた。
段々とアポロン神殿が近づいてくる。
蛇の柱
こちらのねじ曲がったような柱は紀元前479年にプラタイアの闘いでペルシャ軍に対する勝利を記念して、31のポリスが奉納した「プラタイアの戦勝記念碑」のモニュメントの一部である。
螺旋状に絡み合った3匹の太い蛇からなる青銅製の柱で、その上には黄金の鼎を支えており台座にはその31のポリスの名が記されていた。
□POINT本来はもっと柱などがあったハズなのだが、330年にコンスタンティノープル(Constantinople)を造営したコンスタンティヌス帝がここデルフィから数々のモニュメントを持ち去って新都に飾ったそうだ。
現在でもイスタンブールにはその時の青銅製の「蛇の柱」が飾られている。
この辺りにも沢山の銅像が並んでいたのだろう・・。
そしてこの辺りがデルフィ遺跡の中心部でもある「アポロン神殿」のあった場所です。
アポロン神殿跡
こちらには6本の柱が復元されており、紀元前329年に完成したドーリス式神殿の円柱跡だ。
ただアポロン神殿も初代は火災で焼失し、2代目は大地震で崩壊した。ここに復元されている神殿は3代目のアポロン神殿である。
「とりあえず、記念撮影しておきますか!」
アポロン神殿の地下には「アポロンの神託」が行われていたという「アデュトン(奥室)」があったとされるが、現存する神殿の遺構には地下室の痕跡は残っていないという。
しかも巫女ピュティアの座す鼎が「大地の裂け目」の上に置かれていたというが、それも今となっては確認できない。。
まだまだ上に昇って行きます。
またここでも猫ちゃんが待ち構えています。
さっきの猫ちゃんかな?!
ほんと、ギリシャの猫は人懐っこい子ばかり。全く警戒感がなく寄ってきます。
猫好き女子にとって、ギリシャという国は楽園ですね。。
この辺りにはおびただしい数の銅像が沢山あったのだろう。。今となってはその足場の岩ばっかりが残っている。
アポロン神殿を上から見下ろす。遠くまで見通せて素晴らしい絶景である。
アポロン神殿を見下ろしての絶景 動画
劇場跡
その辺りには演劇や音楽が催された劇場がある。
紀元前4世紀頃に造られ、その後紀元前2世紀頃に修復され現在に至る。残存状態がよく、現在も夏場などにギリシャ劇などが上演されているそうだ。
劇場跡の様子 動画
しっかり猫ちゃんが付いて来ていますね。。
劇場の写真もほどほどに、猫ちゃんの撮影をしだすオジサン。
超至近距距離でスマホ撮影して”嫌がられる”オジサン。。
ここデルフィ遺跡の主みたいな猫ちゃん。「餌、持って無くてスンマセン・・・」
古代ギリシャ人はここで色んな演劇を見て、巡礼の疲れを癒したのだろうか?
劇場内への立ち入りは禁止になっているみたい。
この観客席は35列の大理石製の座席が設けられていて、約5000人を収容していたと考えられている。
この劇場の観客席の上段は標高約590mほどの高さでアポロン神殿やアテナ・プロナイアの神域や奥に広がる素晴らしい眺めを堪能できるみたいだ。
アポロンが猫になってこの遺跡を見守っているように感じるような、感じないような・・・・。
劇場まで行って、デルフィ遺跡の観光は終了です。また下に降りる時にアポロン神殿の横を通ります。
デルフィ(アポロン)の神託とは?!
巫女ピュティアの口を通して告げられるアポロンの言葉は時としてギリシャ世界の命運を握る程の力を持っていた。
そうして神託の言葉はしばしば曖昧な多義的であり、どのようにも解釈ができるものだったそうだ。その為に神託をどう解釈するかは神託を求める側の問題で、実際に神託がどれほどの直接的な影響力を持っていたかは不明である。
デルフィ(アポロン)神託の手順
神託を授ける巫女ピュティアは50歳以上の地元の農婦から選ばれ、夫や子供からは離れて暮らし生涯アポロンに仕えたとされる。
巫女ピュティアは神託の日、朝一番でカスタリアの泉で身を清め、カッソティスの泉の水を飲み神殿地下のアデュトン(奥室)に入り「大地の裂け目」の上に置かれた三脚の鼎に座った。
月桂樹の葉と大麦の粉を聖なるかまどでいぶした煙に身を浸し「大地の裂け目」から湧き上がる蒸気を吸って憑依(トランス)状態となり”アポロンのお告げ”を口走ったという。
その意味不明な言葉を近くにいた神官が聞き取り、書物にその内容を記し神託の伺い手に渡していたとされる。
「大地の裂け目」から吹き出たガスでラリってる状態になっていたようだ。ちなみにその後の地震でこの裂け目が閉じて、その後は神託が行われなくなったという説もある。
ヨーロッパ系の学生たちの集団が社会見学か?という感じで集まっている。
デルフィ遺跡の観光を終了し、お世話になった現地ガイドさんに日本のお土産で喜ばれるダイソー108円の「寿司キーホルダー」をプレゼントして記念撮影する。
ほんとにこのダイソーの「寿司キーホルダー」は海外の人にあげると、とても喜んでくれる!
この現地ガイドさんの笑顔が、その喜びを語っている!!
デルフィ遺跡の主?!
呑気にベンチの下で日向ぼっこをしていた猫。
「お前ら、もう帰るのか? 元気でな!!」
「そろそろ腹、減ったニャ~」
こちらの日陰には犬が横たわっている・・・。
「生きているのかな??」と思う位、無防備に横たわっている・・。
目だけはしっかり、こちらを見ていましたが近寄っても微動だにしませんでした。。
「この時期はメシが少ないので、必要最低限しか動かないワン!」
という事でこの後はバスに乗り込み、デルフィ遺跡を後にします。
この続きはまた次回に続きます!
↓↓ギリシャ旅行記:初回↓↓
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