ナザレの街で1000年以上も前に造られた、木彫りの黒マリア像を間近に眺める-ポルトガル旅行記34

ポルトガル旅行記:5日目
阪急交通社ツアー「お1人様参加限定:決定版ポルトガル8日間」-2020年1月13~20日

黒いマリア像を祀る教会

ここはポルトガル中部の大西洋に面する、ポルトガルでも屈指のビーチリゾートとして人気のあるナザレの街。ここを訪れた時は1月だったので海岸には人が全然居ませんが、夏場はとても混雑する場所なのである。

 

ナザレの街にて

シティオ地区から眺める、大西洋の大海原と共にカモメちゃんやワンちゃんの写真も撮れて満足なので、お次は近くにある教会に向かいます。

 

 

ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会にて

こちらの教会は「ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会(Santuário de Nossa Senhora da Nazaré)」と呼ばれる、14世紀に建てられた教会。その後17世紀に改築されて、現在の状態に至っているようだ。

 

そして教会内に入るが、ここは祭壇の裏側に入るのは入場料が必要だが、この教会に入る分には無料。

 

教会内の壁には、ご覧のようにステンドグラスとアズレージョが調和して素晴らしい内観となっています。

 

ナザレ教会内部の景色 動画

 

こちらのステンドグラスはマーブルのように色とりどりのガラスが嵌められています。何とも可愛らしいステンドグラスです。

 

そして祭壇の上には、先に来ていたツアー参加者さんが見えて「ここまで来たら間近にマリア像を見れるよ~!」と呼び掛けてきます。

 

教会の祭壇横でスマホをず~~っと弄っていたオジサン、実はこの教会の管理者のようで、彼に1ユーロを渡して教会の奥に進んで行きます。

 

こちらの教会奥は入場料を払う必要があるだけあって、通路の壁にはアズレージョだらけ。

 

天井にまでもアズレージョが一面に張られていて、豪華な内装となっている。

 

勿論カトリックの教会なのでイエスキリストの像もあるけど、この場所のメインはキリスト像ではない。

 

一番奥まで行くと上に登る階段があったので、上に登ってみる。

 

するとさっき見えていた、先に来ていたツアー参加者さんが登っていた祭壇上の場所に辿り着いたみたい。

 

 

木の彫刻の黒マリア像

ここで大事に保管されているのが、木から造られた彫刻の黒い聖母マリア像。モンセラットにも黒い聖母マリア像があったけど、世界的に珍しい黒い聖母マリア像。

 

幼子イエスを脇に抱えた聖母マリア。714年にパレスチナ地方のナザレの街から1人の修行僧が持ってきた像は、崖の洞窟に隠されていた。その洞窟に隠した468年後にたまたま発見され、その1182~1377年までは先程崖の近くで見たメモリア礼拝堂に保管されていた。そしてその後1377年にこの教会が建てられた後は、ここにず~~っと納められてきたのである。

 

そんな聖母マリアが毎日この場所から眺めている景色はこちら。素晴らしい景色だけど、毎日見ていると飽きてしまうだろうけど。。

 

ポルトガル王国第9番目の国王フェルナンド1世が、この教会を建てるように指示したのである。

 

17世紀に改築された教会だけあって、アズレージョのタイルの充実ぶりには目を見張る。歴史的な建物も外装や内装をじっくり見ていると、それが造られた時代が分かる。

今までは建物には全然そういう目で見てこなかったけど、これからは建物もそういう風に時代背景を感じ取りつつ眺めていこうと思う!

 

蝋人形のような手も置かれていた。ちょっと不気味な感じがしたけど・・・。

 

教会の入口付近には何ともレトロな感じを出しているアーチ状の石柱が見える。この場所で数百年間も日々、潮風や嵐などから耐えてきた柱である。

 

こちらはナザレの街でも崖の上にある高台のシティオ地区の中心広場。しかし冬場なので全然他に人が居なかったけど・・・。

 

この街は特に現地ガイドさんが付いて案内してくれる訳ではないので、各自に自由行動して散策。

 

そんな広場にまたワンちゃんを発見します。さっき崖で見たワンちゃんかな??

 

ナザレの街の広場でじ~~っとしているワンちゃん。猫とは違い、真面目な性格のワンちゃんである。

 

と思ったら、くつろぎ出すワンちゃん。

せっかくカメラを向けていたので、もう少しカッコイイポーズをしていて欲しかったな・・・

 

ナザレの広場の景色

 

まだちょっと時間が残っていたので、やっと開きだした小さなお店に入ってみる。こちらのオイルサーディンの缶詰と思われるのは3個入ってこの値段みたい。中身の味よりも漁師の街であるナザレの感じが、パッケージデザインに出ていてとてもいい感じに見える。

 

こちらの棚には可愛らしいアズレージョ柄のパッケージに入った、ポートワインの小瓶が売られている。ただし自分で飲む用だとこの小瓶は小さ過ぎるのである。。

 

こちらもオイルサーディンの缶詰・・・・のようなパッケージをしているけど、中身はチョコレートである。中身は普通のチョコレートだけど、パッケージを変えるだけでこのように面白く、かつ高く売れるのでアイデア商品である。

 

こちらには甘そうなリキュールが沢山置かれていて、欲しくなってしまう。日本で売っているリキュール類は単体で飲むにはあまり美味しいのが無いけど、海外で飲むリキュールには美味しいのが多い印象がある。

 

こちらはワインの形をした栓抜きセット。これもなかなか面白くて、東京でバーを営業されている奥様がご購入されていましたね。

 

この辺りにトイレがあるって言ってたけど、確かにトイレらしき建物はあったけど使えなかった。観光シーズンでは無かったので、ナザレの街もちょっと閉店状態のような感じだったのかな?!

 

夏場に来たら印象が全然違っていただろうけど、ボクはあまり人が居ない場所が好きなので、いい時期に来れたと思う。とても静かで気持ちがいい街であった。

 

さてナザレの街もたった30分滞在しただけで、バスに乗り込み次の目的地に向けて出発するのである。

 

 

オビドスに向けて移動

さてまた次の街に向かって移動して行きます。あっという間にナザレの街は終了・・・でも次の街も素晴らしい所なのです。

 

 

 

ナザレの街を出てすぐ位の場所でも、このように朝モヤというか霧というか、モヤモヤしていた。このような景色を見ていると、昔ナザレの街で起きたとされる”ナザレの奇跡”が何となく信憑性があるように思えてしまう。。

 

こちらはこれから訪れるオビドスの街の散策マップ。元添乗員さんの手書きマップで、よくツアー途中に渡される事が多い地図。分かり易くて可愛らしいマップなので、人気があるみたい。

 

ちなみに下記サイトで有料ですが、海外の人気観光地の地図がダウンロード販売されています。

 

丘の上にある城壁に囲まれた小さな街が見えてきました。

 

古くはローマ人が住んでいたとされていて、その時代の水道橋も残っている。8世紀にベルベル人(アフリカ北部のアラブ系)に支配された後は、ポルトガル王国初代国王アフォンソ1世時代に征服してそれ以降はポルトガルの街となった場所である。

 

オビドス(Óbidos)の街にて

ナザレの街からはバスで約30分と、そこそこ近い場所にあるこのオビドスの街。

 

 

 

このオビドスの街は添乗員さん曰く「オビドス自体は小さい街なので、一番奥までは5~10分程で行けてしまうけど、帰りは1時間位掛かってしまう場所です。訪れてみたら、皆さんその理由が分かると思います!」との事。

 

まずはナザレの街を出発する際にトイレに行けなかったので、オビドスの入口にあるインフォメーション・センター横にあるトイレに向かう。

 

この街はポルトガル王国の支配地になった後、ある王妃が気に入って自分の好きなように街づくりをしたようで、特に女性には”可愛らしい街”として大人気なんだとか。

 

街の横にあった水道橋も上手い事、くり抜かれていて道路が下を走っている。

 

色んな場所で見かけるローマ水道の跡だけど、それだけローマ人がヨーロッパの広範囲な場所に渡って支配していたという偉大さを思い知る瞬間でもある。ただ最終的には大きくなればなる程に、自滅してしまうという典型的な人類の脆さが露呈してしまうパターンであるのだが。。

 

それでも約2000年前にローマ人達の遺した建物がこうして現代でも見れるという事は、それだけ彼らの文明が優れていたという証拠でもある。

 

この今見える砦や城壁は、13世紀後半にトマールでテンプル騎士団の後継団体であるキリスト騎士団を結成した当時のポルトガル国王ディニス1世の時代に再建されたものである。

 

オビドスの街に入る前から、駐車場の横に立っている水道橋に既に魅了されているのである。。

 

さて相変わらずオビドスの街の事前情報を知らなかったボクだけど、この街の観光が終わる頃にはすっかりオビドス好きになっていたのである。

そんな様子はまた次回に続きます!

↓↓↓↓ポルトガル旅行記:初回↓↓

【ポルトガル旅行記①2020】イベリア航空経由でまずはスペインへ-阪急交通社
阪急交通社トラピックスのツアーで訪れた1月のポルトガル。まずは成田空港からイベリア航空でスペインに向かいます。

【コメント欄】