ワルシャワ旧市街地の夜を独り占め?!編-ポーランド旅行記-56

ポーランド旅行記:6日目

阪急交通社ツアー「おひとり様参加限定:決定版ポーランド8日間」にて–2019年11月–

夜歩きはやめれない!

夜のワルシャワにて

ここはポーランドの首都ワルシャワ。こちらの建物はワルシャワでも老舗の高級ホテル。この周辺は第二次世界大戦中に崩壊した建物が殆どの中、ナチスドイツ軍の支部として使われていたのでほぼ無傷で破壊を免れたのである。

 

 

首相官邸にて

こちらはこのポーランドの首相官邸。手前には「ユゼフ・アントニ・ポニャトフスキ」(Józef Poniatowski)の銅像がある。ポニャトフスキはポーランド・リトアニア共和国の貴族で、18世紀後半~19世紀前半に活躍した軍人。オーストリア・ロシア帝国・プロイセン王国によって行われた3度の”ポーランド分割”で祖国を失うものの、当時破竹の勢いでヨーロッパを占領していっていたナポレオンの傘下に入る。

その甲斐もあってワルシャワ公国を設立出来て、その司令官にも任命される。その後大国ロシアとのフランス軍の戦いに参戦するものの、敗北したナポレオンに最後まで忠誠を尽くす。最後はロシアで敗北して敗走するフランス軍の兵士たちの殿を務めたものの、そこで戦死するのであった。

 

首相官邸前の銅像の前にはこのようなプレートが置かれている。こちらは2010年4月にポーランドのレフ・カチンスキ大統領夫妻が搭乗していた航空機が墜落し、大統領夫妻を含む乗客乗員96名全員が死亡した事件の追悼として設置されている。

 

 

なお首相官邸なので自由に近寄れる訳ではなく、この鎖から中には立ち入りできずに中にはマシンガンを構えた兵士が厳重に警備していた。ボク以外に人がいなかったので、兵士に怪しい奴かと思われたのかジロジロと見られたっけ。。

 

この歩いていた通りはワルシャワでも目抜き通りのハズなんだけど、あまり人が歩いていない。寂れた感じというよりは、落ち着いた街並みといった感じでした。

 

昨日クラクフでも見たアダム・ベルナルト・ミツキェヴィチ(Adam Mickiewicz)の銅像。19世紀のポーランドを代表する詩人であり、病気を患わっていたショパンの自宅を訪れて彼のピアノ演奏を聴いたりする仲だったという。

この銅像は建てた時代には高さ制限があったが、その土台に関しては規制がなかったので、このように土台を高くして高い位置にある銅像にしたのである。

 

その手前にはカトリックの教会も見える。カトリック信者が国民の殆どを占めるポーランド。そういえば”お坊ちゃまオジサン”「カトリック信者の割合が多い国は治安が安全なので、基本そこにしか行かない」と言っていたな。

 

今の時刻は22時30分頃、ちょっと遅めだがレストランとかはまだ開店しているようだった。

 

さらに歩みを進めると見えてくる建物群も殆ど第二次世界大戦中に破壊されたようだ。だからそんな昔の建物はほぼ現存していないワルシャワの街。

 

 

王宮広場にて

道を進むと奥に一段と綺麗にライトアップされた建物が見えてくる。

 

こちらはワルシャワに遷都された後、王が暮らしていた王宮。14世紀頃からあった王宮は再建・改築が行われて18世紀には一番最盛期になる。僅か1ヵ月だけどあのナポレオンもここで1ヶ月ほど滞在し、その時にワルシャワ公国設立を決定したという。

 

ワルシャワ王宮の火災

この王宮も例にあらず、第二次世界大戦中にナチスドイツ軍によって破壊される。ナチスドイツ軍がポーランド侵攻した1939年にポーランドに辿り着いたナチスドイツ軍によって、屋根が燃やされる。

幸い全損までには陥らずに1944年に起こったポーランド蜂起の後に見せしめのように王宮は徹底的に破壊されるのである。しかし中に納められていた芸術品や美術品はそれまでにほぼ全てを運び出すのに成功したので、それらの破壊は免れたという。

 

こちらは王宮の前にある広場の中心に立っている「ジギスムント3世王」の像。ポーランド公国の首都をクラクフから1596年にワルシャワに移した当時の王様です。

 

こちらは20世紀初め頃の王宮広場の様子。この柱は何回かに渡って、改修されたので土台付近が微妙に変わっていっている。

 

柱に埋め込まれたプレートにはジギスムント3世王への賛辞が込められている。

 

この柱も第二次世界大戦中にナチスドイツに破壊されたので、今現存する柱と銅像は再建されたものである。こちらは1944年に破壊された時の銅像。高さ約22mの高さにある銅像の顔は肉眼では小さくしか見えないので、こういった顔をしているんだとこの写真を見て初めて分かった。

 

こちらの王宮も綺麗だと思ったら、やっぱり戦後に再建されたもの。日本人だったら、新しい別の建物を造ろうと考えるけどヨーロッパ人は昔の建物を維持する事に主眼を置くのだろうか。

 

ここに見える崩れた壁は、元々この辺りにあった城壁跡。

 

ジギスムント3世王の像の背中越しに見るワルシャワの街並み。王もここからワルシャワの発展と、壊滅する街の運命を長年に渡って約22メートルの高さから見守っていた。

 

こちらは18世紀頃にこの周辺を描いた絵。1644年頃に建てられたこの像は約8m程のコリント式の柱の上に十字架を持った状態で造られた。当時は像の周辺には柵が設置されていたようだ。第二次世界大戦後は街を復興する時に、このような精密に描かれた絵を参考に建物を再建していったという。

 

王宮の手前にはこのように暗闇に電動キックボードが、チラホラと放置されているのが見える。

 

スマホ1つで乗れて便利な乗り物であるようだが、その代わりにこういったように観光地の好きな所に乗り捨てられて景観を壊したり事故が起きたりで、色々と問題になっているようだ。便利である事の弊害は必ずあるのである。

 

さらに奥まで進んでみる。するとポーランドではよく見かけるファザードの教会が見えてきた。

 

「聖ヨハネ大聖堂」は14世紀に建てられてローマカトリック派の大聖堂。こちらも第二次世界大戦中に破壊されて再建された。

 

こちらは17世紀初頭に建てられたイエズス会の教会。こちらも勿論第二次世界大戦後に再建されたもの。本当にここら辺の建物はほぼ全部戦争で破壊されていたのである。

 

「イゴール・ミトラジ」という芸術家の作った教会の扉。彼の作品はこのように製作途中に割れてしまったかのようにも思ってしまう物が多く、頭部が半分しかなかったり胴体が半分しかなかったりというのが大半。彼は人体の美しさや脆さ、また時代を経て退化していく人類への考えを表現しているという。

 

そんな教会入口の前には、ちょっとリアルなクマの像もあった。こんな教会入口にクマの像があるのも、珍しい。

 

そんな教会の向かい側には閉店したお土産物屋さんのショーウインドウがあり、その中ではちょっと怖い顔をした人形が飾られている。

 

特にこのサンタクロースの恰好をしたような人形は、悪夢に出てきそうな雰囲気・・・。

 

 

旧市街広場にて

その先にはちょっと暗かったけど広場があった。ここは旧市街地広場で人々の憩いの場である。

 

ここも第二次世界大戦中に破壊された。こちらはその当時の様子。これを殆ど破壊される前の状態に再建したのである。そんなポーランド人の根性には本当に頭が下がる思いである。それが評価されて、このワルシャワ旧市街は世界遺産に認定される事になるのである。

 

ちょっと時間が遅かったからか、この辺りのお店は殆ど閉まっていた。

 

仕方なしにショーウインドウから品物を眺める。

 

ポーランドの国章である鷲のデザインが入った位などは、なかなかカッコイイ。

 

そんな閉まっているお土産物屋さんで1軒だけまだ営業している感じだったので中に入ってみる。栓の形をしたマグネットなど置かれていたね。

 

レストランはまだ営業しているようで、外のテラス席では寒いから近くにはストーブが置かれている。

 

さてもう23時頃になったので、ホテルに引き返す事にする。

 

ワルシャワの中心地であるにも関わらず、人通りが少なかったので以前にダイソーで買った100円のスマホスタンドを使って自撮りの練習をしてみる。ただそのスマホスタンドは足が短いので、地面に置いてからスマホの画面を覗くのにしゃがみこまないといけなかったので近くで見ていた人は「何してるんだ、アイツ?!」と思っていただろうな。。

 

ワルシャワ王宮の夜の景色 動画

 

そんな王宮をフレームに入れて写真が撮れるようにと、設置されていたオブジェ。

 

帰り道、ショパンの音楽が流れる公共のイスを発見する。この通りには数か所設置されていて、それぞれに流れる音が違うみたい。

 

ショパンのピアノを聴きながら眺める 動画

 

首都にしてはのんびりとした空気が流れるワルシャワ。ただこの辺りは観光客が多く通る所なので、地元住民などはあまりこの辺を歩かないのだろう。だから人通りが少なかったと思う。

 

こちらの右に見えるカップルはそんな人通りが少ないこの通りで、ず~~っとイチャイチャしていた・・。外人カップルは日本人とは違い、公共の場でも平気でチュ~~とか大っぴらにするのである。

 

こちらは200年以上も前に「ベルナルド・ベロット」(Bernardo Bellotto)というイタリア人の画家によって、描かれた油絵のプレート。

 

繊細な描写を油絵で描いていたベロット。彼が残したワルシャワで数々描いた作品を基にして、第二次世界大戦後にこれらの建物は再建されるのである。

 

 

ベルナルド・ベロットが描いたヴィジトキ教会

今では簡単に写真で景色を残せる時代だけど、200年も前にこれだけ精巧な絵が描けた人がいたという事には驚く。こういうのを目にすると、産業革命が起きて色んな物が開発されて便利な世の中になっていった現代だけど、その反面今まで人類が築き上げてきた技術が機械に奪われて人類は退化しているともいえるのである。

 

この辺りにはショパンがかつて住んでいた建物や、通っていた音楽院などもある。そんな場所でショパンの曲が流れるベンチで、1人繰り返しショパンの曲を聴くのであった。

 

ここにも先程見たフォトジェニック的なフレームが設置されている。ただイマイチこのフレームに入る景色が、あまり良くないような・・・。

 

さて帰り道、コンビニでビールを買って部屋で飲むか、ホテルのバーでビールを飲むか、迷いながら歩く。するとコンビニを見つけたので入ってみると、まさか23時を過ぎていたこの時間になんと10人位がレジで列を作って並んでいた。「なんでこんな時間にこれだけレジで並んでいるのだろう?!」と思い、なかなか列が進まないのでビールの購入は諦める。。

 

更にホテルに向かって歩いていたら、大勢のポーランド人と思われる人達とすれ違う。近くで大きなイベントでもあったのかな?!それにしてはこれだけの人が歩いていたので、それなりに大きなイベントだったハズ。

 

翌日に現地ガイドさんに話を聞いてみたら、この近くのスタジアムでサッカーの国際試合があったそうだ。後で調べてみたら「UEFA EURO 2020」(欧州選手権ユーロ2020年)の予選が行われていて、対スロベニア戦で3対2で見事勝利したようだ。

 

交通整理をする警官の姿も見える。サッカーの代表試合でポーランドが勝ったから、テンションの高い人もいた訳であった。

 

夜のワルシャワの通り 動画

 

結局コンビニでビールは買えず、ホテルのバーもそこそこに混み合っていたので、今日の晩酌は諦めてシェラトンホテルの部屋でゆっくりと映画を鑑賞しながら寝る事にする。。

こんな旅はまた次回に続きます!

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