ショパンの心臓が保存されているワルシャワの聖十字架教会編-ポーランド旅行記-57

ポーランド旅行記:7日目

阪急交通社ツアー「おひとり様参加限定:決定版ポーランド8日間」にて–2019年11月–

銃弾の痕は今でも残る。。

ポーランド旅行も早や7日目で、実質今日が最終日。朝はいつも通りホテル内で朝食ビュッフェを頂きます。

 

シェラトンホテルで朝食を

同じツアー参加者さん達は皆さん、早めから朝食会場に来ています。ツアーでは年配の方々が多いので、早朝から目が覚めてしまう人が多いみたい。下手したら睡眠薬を飲んでいる人が居たりする。

そういう話を聞いていると、歳を重ねるのも大変だなと思ってしまう。。

フルーツのお皿の盛り方が豪快!珍しくキウイがあったりしたけど、よ~~く考えたらここはシェラトンホテル。ホテルのグレードに比例して朝食会場に置かれている料理も違うのである。

 

こうやって目の前でオムレツとか作ってくれるサービス、人によっては目の前でアツアツ出来立て料理が食べれるので嬉しいみたい。だけど面倒くさがりのボクにとっては、足があまり近づきたくないと感じる場所。

 

蜂の巣、丸ごとが置かれている。あまり見た事のない人にはこの蜂蜜を食べれると思って嬉しいだろうけど、この蜂の巣を口に入れると巣のカスが口の中で溜まるのである。だから最初は食べてみたらいいけど、食べ慣れてくると普通の蜂蜜の方が有難く思うようになると思う。

 

さすがシェラトンホテル、置かれているものにメニューが書かれている。だいたいのホテルは「それ位、自分で判断しろ!」という感じなんだけど。

 

せっかく朝から沢山料理を用意してくれているんだけど、あまり朝食は食べれないボク。。

 

ホテルの値段の違いは、やっぱりこういった食事の質にも影響してくるのだろう。

 

やっぱりヨーロッパに行くと、チーズを食べないとね。

 

こんな感じのシンプルな朝食。個人的には朝からモリモリと沢山食べれる人が羨ましい。

 

朝食後、ホテル出発まで時間があったのでホテル向かいのコンビニに向かう。朝、ホテルの前には銃を持った警官のような人が警備していた。治安の良さそうなポーランドでもやっぱり銃は必要なんだな。

 

両替した現金が余っていたので、ちょっと軽くお買い物。スーツケースも余裕あるので、ちょっとビールなどを買ってみようっと。

 

さすがに先程買った所で今からは飲めないので、スーツケースに入れて日本にお持ち帰りする。

 

ポーランド人の国民食でもあるスープの素をとりあえずもうちょっと買っておく。1袋約50円なので、バラマキ土産にちょうど良さそうな。

ただし味見はしていないのでノンクレームという事で!

結局ツアーだといいホテルに泊まっても滞在時間が短い。特にボクはホテル内でゆったりしたいタイプでもないので、所詮風呂に入って寝るだけの場所。となると一般のホテルでいいから、その分ツアー料金が下がった方が嬉しいと思う方だ。

 

ワルシャワの観光

今日の天気は雨は降っていないけど、曇りの様子。

 

昨日も見た人工のヤシの木。ただ1本だけとは、ちょっと寂しいね。。

 

昨日の夜歩いた通り、さすがにバスだと早い・・・当然だけどね。。

 

ワルシャワの新世界通り 動画

 

ここでバスを降ります。先に見えるのはコペルニクス像と科学アカデミー。

 

聖十字架教会にて

そして後ろを振り返ると”聖十字架教会”があります。こちらの教会には、ポーランドの英雄の体の一部が祀られています。

 

そんな教会の手前に写真撮影用のフレームがあったけど、ここに聖十字架教会を入れようとするとこのような無理なアングルになってしまう・・・。

 

元々は15世紀までに木造の小さな教会がここに建てられていた。その後16世紀に新しい教会に生まれ変わるものの、その後は破壊されたりで17世紀末に再建された。

 

聖十字架教会付近の景色 動画

 

ワルシャワの聖十字架教会-2

こちらの教会も第二次世界大戦中に、このように破壊されてしまう。ワルシャワの街では、何もかもこのように破壊されてしまったのである。

 

戦争後1953年に再建された教会は、イタリア人画家:ベルナルド・ベロットが1778年に描いたこの絵を参考にして復元された。なおこの教会に保存されていたショパンの心臓は第二次世界大戦中にナチスドイツの略奪を恐れて、ここから退避させられて1951年に再び戻ってきたのである。

 

絵の通りに復元された聖十字架教会。近くにはショパンがワルシャワで最初に住んだ家もある。ショパンは20歳の時にウィーンへ向かい、その後ポーランドでは蜂起が起きて帰れなくなり、やむなくパリへ移り生涯ポーランドの地をそれ以降は踏む事がなかった。

 

聖十字架教会の中に入る

さてそんな聖十字架教会に正面の扉から入っていきます。ここは写真撮影はOKだけど、カトリックの教会なので男性は脱帽する必要があります。

 

聖十字架教会の中に進みます。なお全然添乗員さんの説明を聞いていなかったので、この時ショパンの心臓がこの教会に安置されているという事は知らなかったのです・・・。

ただやみくもに教会内の写真を撮っていたら、たまたまそれを発見出来て良かった・・

後から写真を見返すと、その柱はひと際スポットライトが当たっていて、ツアー参加者さん達が群がって写真を撮っていたんだけど。。

 

聖十字架教会の様子 動画

 

こちらは既に聖人化された、ポーランドの英雄であるヨハネ・パウロ2世。色んな偉人が居たポーランドの歴史でも、ショパンとツートップを張っている人物である。

 

ツアー参加者さん達は現地ガイドさんの説明を聞いていたけど、ボクはというとそれ以外の写真を撮る事に夢中で全然話を聞いていなかった・・。

 

教会には付き物のパイプオルガン。

 

ポーランドではカトリック教徒の割合がとても高いらしく、真面目な人が多いというイメージ。

 

教会の一角に垂れ下がっていた、京都銀行ばりに長~~~~~~~いポーランド国旗!

21世紀に入り、色んな科学も進み、スマホやネットの普及で色んな事を調べるのも簡単になった時代。近年は宗教離れが多くなってきているらしいが、それでも熱心なキリスト教徒が多いポーランド。

 

頭上にはシャンデリアがあるけど、こういうのって落ちてこないんだろうか? 日本に住んでいると、もし家にシャンデリアなんてあったら地震の度に揺れて落ち着かないだろうな。。

 

最後の晩餐の絵だろうか。裏切り者によって死への道が確定するキリスト。しかしこの時に死んだことにより神格化されて、その後の多くの人類に崇められる存在になるのである。

 

上のオジサンはポリカルプ・ジルシュトウ(polycarp Girsztowt)で19世紀の外科医であり、医療の本を出版もした人物。

 

こちらの教会内では2010年に乗っていた飛行機が墜落して亡くなったカチンスキ大統領の慰霊碑も置かれていた。

 

ショパンの心臓が埋め込まれている柱

そしてこちらの柱がショパンの心臓が埋め込まれている柱である。1849年に39歳の若さで亡くなったショパンは、遺言で20歳以降帰れなかった祖国ポーランドに自分の心臓を持ち帰って欲しいと記していた。

 

当時は心臓に魂が宿るとされていたので、死後の心臓の扱いには現代以上に関心が置かれていたのである。

 

この柱の中にショパンの心臓が埋め込まれているのだが、一般人はそれを目にする事は出来ない。ショパンが亡くなった当時のフランスでは、故人の心臓をコニャックに浸して保存していた時代。なのでショパンの心臓もコニャックに浸けられているのである。

 

フランスに渡った後も故郷ポーランドに帰る事を夢見ていたショパン。ただし晩年は体調が思わしくなく、故郷の地を踏む事なく亡くなる。なので彼の姉が遺言通りに、心臓をポーランドに持ち帰ったのである。そこで約20年振りの故郷の地を間接的にではあるが踏む事となる。

 

危うく見逃しそうになった、この柱。もし見逃していたらず~~っと後悔し続ける位のものである。

 

この聖十字架教会の正面には、このような十字架を抱えたキリスト像が設置されている。こちらは1889年に正面の階段が改装された時に合わせて設置された像。


戦場のピアニストでも出てくる、ワルシャワの聖十字架前のキリスト像

映画「戦場のピアニスト」のワンシーンに出てくる、聖十字架教会の前のキリスト像。崩壊したワルシャワの街で重たい十字架を背負ったまま、踏ん張っていたのだろう。

 


そんなキリスト像をよく見てみると、銃弾の痕が見える。

 

キリスト像の土台にもこのように数か所も穴が空いている。

 

これは第二次世界大戦中に、撃たれた弾丸が当たった痕。

 

ワルシャワの聖十字架教会-1

こちらは第二次世界大戦中に周りが焼け野原になっても、立ち続けるキリスト像の後ろ姿。

 

ワルシャワの聖十字架教会-3

ボロボロになった教会には、そんな状態ではあるものの多くの人達がお祈りをしに行っていたようだ。さすがのナチスドイツ軍もキリスト像を破壊する事は躊躇ったのかな?!

 

そんな銃弾の痕が残るという事は、この像が第二次世界大戦を生き延びた証でもある。

こんな旅はまた次回に続きます。

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