出水麓武家屋敷で牛車を引っ張る黒牛さんにご挨拶編-西郷どんと鹿児島周遊旅行記-5

【鹿児島周遊旅行記】2日目

【個人旅行】2019年10月13日~16日

 日向ぼっこ中の黒牛さん!?

ここは鹿児島県北西の出水市という場所にある、戦国時代以降に薩摩藩の防御拠点として造られた”出水麓武家屋敷群”。ここで公開されて家の中にも入れる「竹添邸」に来ている。

 

見学できる武家屋敷の中では芋焼酎などの地元の名産品も少しながら置かれていた。

 

そんな武家屋敷の庭はとても広い。この家は代々この地方の有力者が住んでいたので、それなりに豪華だったのだろう。

 

新しいスマホのギャラクシーS10で”超広角カメラ”で撮影してみる。スマホで見るとあまり気にならないけど、パソコンの大画面で見るとちょっと変な感じがするような・・・。

 

 鹿児島名物の黒牛さん?!

この武家屋敷群の入口には大きな黒牛が佇んでいた。多分この牛さんが牛車を引っ張る牛なんだろう。

 

近くで見ると結構デカイ・・・もし暴れ出したら誰も抑えが効かない位の迫力を感じる。

 

黒牛さんのたたずむ様子 動画

 

近くに寄っても微動だにしない黒牛・・ちなみに鹿児島では黒系が特産品というか、色々と揃っている。例えば「黒豚」だったり「黒酢」もそうだし「黒糖焼酎」とか「クロマグロ」「黒熊(アイス)」などなど・・。

 

そんな全然動こうとしない黒牛さんをじ~~っくりと眺めた後は、もう1つ内部公開されている武家屋敷跡を見に行く。

 

 武家屋敷「税所邸」にて

こちらも基本的には入場料が必要だけど、歴史館で購入した共通券でここも追加費用無しに入れる。ちなみに共通券といってるチケットだけど、ここでは丸型のバッジを貰った。それをどこかに付けて入場時に提示すればいいとの事。

 

黒牛さんを見ている間に先程の外人さん達に先回りされていた・・・。

 

日本庭園は丁寧に管理されていた。松とかも綺麗な形をしていた。さすがに有力な武家屋敷だけあって、費用を掛けて管理しているのが見てとれる。

 

昔はこんな形の松の木が多かったのだろうけど、今の大阪では全然見られない。

 

という事で庭を先に見て回った後は家屋に上がっていきます。

 

すると先程の外人さんグループが兜をかぶって記念写真を行っている最中。

 

兜をかぶって剣も片手に持って満足気に写真を撮る外人さんグループ。どうもイギリス方面から来ていたグループのようだった。

 

この武家屋敷もこの出水麓では上級郷士の家だった所。じっくりと座って庭を眺めるもよし、家内をくまなく見て回るもよし。

 

入場料が必要な武家屋敷だけあって、家の中は綺麗に清掃されている。当然の如くゴミが全く落ちていない。

 

ただ障子には所々、補修した跡が見える。昔は家にあった障子、紙を張り替える時にまだ破れていない部分にパンチで穴開けしていた記憶が数十年振りに甦る・・・

 

今時の家には畳すらないし、障子なんて全く見なくなってしまったな。そういうのが感じれる日本家屋。

 

昔は家の中で火を使って、湯を沸かしていた。そう考えると現代はとても便利な時代である。

 

ただ当時住んでいた人の時代にこんな内装だったかは分からないけど・・・。実際にこんな鎧を隅に置いていたかは定かではない。。あくまで観光客向け用に置いているのかも。

 

上座は位の高い人が座る場所。今時の子は席順など気にせず座るけど、昔の日本にはそういった習わしがあったのである。ただそういうボクもあまり席順などは気にしない。会社員時代に偉いさんと運転手付きの社用車に乗って得意先を訪れた時に、何も考えずに偉いさんと共に後部座席に座ったけど帰ってきたら総務部長に怒られた事がある。「アナタは前座席に座りなさい!」と。

まあ何事も勉強である。。

ここには昔の掛け軸が飾られている。日本は中国圏の儒教の教えがルーツにあるのが分かるように、昇龍の絵が描かれている。日本でも龍は神聖な生き物として考えられている。

 

ここの女性ガイドさんは僅かな英語が喋れて、微妙な感じで外人さんグループに対応していた。

 

壁は漆喰で塗られている。昔田舎の家では砂壁で塗られていたので、触るとボロボロと手に付いた記憶が甦る。。

 

ここは雨が降った日でも家の中で弓の練習ができるようにされていた屋内弓道練習場である。常に鍛錬を積んでおかないと敵襲に遭った時に命を失う可能性がある。今とは時代背景が違うのである。

 

そしてそんな屋内でも弓を引けるようにと、ここだけその分天井が高く造られているのである。昔の日本家屋には無駄な設計はなく、全部必要なものが盛り込まれていたのだ。

 

このように天井が一段と高いのにも、こういった訳があるのである。何事も全てに理由があるのだ。

 

そしてこちらの囲炉裏の横の木蓋を外すと、地下通路があったとの事。偉いさんが住んでいると万が一包囲された時用に逃げ道を確保していたのだろう。

 

そんな地下通路に興味深々の西郷どん。早速とばかりにその地下通路を眺めてみるようだ。

 

顔だけ突っ込み、地下通路の様子を見てみる西郷どん。ただ残念ながら今はその地下通路らしきものは見当たらなくて、普通の地下室となっているようだ。

 

こちらは台所でここも実際に使われていた。「男子厨房に入らず」という言葉があるように、昔の男性は台所で炊事などはしなかったようだ。だからこの台所は女性のテリトリーでもある場所だった。

 

時代と共に人々の生活様式や考え方は異なる。今の時代では炊事を手伝わないと、離婚の危機に繋がる可能性が高いという。。

 

「敷居が高い」という言葉通りの敷居が見える。「近寄りにくい」「気軽に経験できない」「入りにくい」という意味合いに取られる言葉になっている。

 

そしてここの部屋の上だけは屋根裏部屋とでも言うべき空間があった。登るには梯子を掛けて登る必要があるようだ。何かを隠していたのか、それとも誰かが侵入してきた時に隠れる為に設けられたのか?!

 

ここにいたガイドのオバサンはあまり英語が喋れないので、外人さんグループに英語を喋らなくても済む記念写真に誘導しているようにも見えた・・。

 

今日はとても天気が良くて、青空にはとても緑が映える。どの家も垣根を綺麗に管理している。でもこういうのも管理料がそこそこ掛かりそうだけど、補助金とかは自治体から出るのだろうか?!

 

観光客の訪れる日本遺産に設定されているだけあって、何かしらの補助金は出るだろう。個人の家でこれだけの垣根や木を実費で管理するのは大体だろう。

 

そしてこの武家屋敷群には今でも人が住んでいて、実際にここでも暮らしている。だからこんな武家屋敷群の中にも保育所があったり、学校があったりする。でも流石にコンビニは無いようだ。

 

ふと足元に目をやるとマンホールが「日置流腰矢」のデザインになっている。こういったマンホールがカラーで色付けされているのって、普段はあまり見かけないのでこういったアイデアはグッドである!!

 

武家屋敷群だけあって昔からの日本家屋ばかりだけど、今時の時代なのでこういった昔風の家ではなく現代的な鉄筋の住宅も中には建てられている。

 

ただそういった今時の住宅が増えると武家屋敷群という雰囲気が崩れてしまうので、条例によって好き勝手に家の改築ができないようになっているようだ。

 

だから保育園もこのような外観。さすがに建物の内装は今時の感じだけど、このような門構えだと武家屋敷群のイメージを崩さない。

 

この辺で代々住んできた人達も景観を守りたい気持ちはあるけど、今時の便利な家に住みたい気持ちもあって、色々な軋轢がたぶんあるハズ・・・。

 

せっかくここまで来たのだからと、ちょっと付近をブラつく。

 

武家屋敷群には神社もある。折角なのでとりあえず中に入ってみる事に。でもボクは神頼みする事はないので、ただ見てみるだけ。

 

対する西郷どんは結構信仰深いというか、真面目な鹿児島人らしく、神社を見るとお参りせずにはいられないようだった。

 

この鳥居の上に石が置かれている理由が分かった。これは神様に祈る行為で鳥居の上に石を乗せたのではなく、子供達が遊びで石を放り投げて鳥居の上にそんな石が溜まっていった物だった。。

 

武家屋敷群にある諏訪神社でお参りする西郷どん。どうやらおみくじを引きたいようだ。

そんな様子はまた次回に続きます!

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