”受難の道”ヴィア・ドロローサでキリストの軌跡を辿る-イスラエル&ヨルダン旅行記39

【神秘のペトラ遺跡&死海&聖地エルサレム巡礼旅】6日目

【1人参加旅ツアー・阪急交通社(トラピックス)】2019年8月23日~30日

 苦難の道を楽しく歩く!

エルサレムの旧市街地にある”嘆きの壁”と呼ばれる、エルサレム神殿があった場所の横に造られていた西側の壁を地下から見学できる通路を通って出口を出たらこの場所に辿り着きました。

 

先程まで見たように、エルサレムと言えば3つの宗教の聖地でもあります。1つ目は先程まで地下の城壁跡を見てきたようにユダヤ教にとっての聖地である”嘆きの壁”。2つ目は金メッキされた屋根が特徴的な旧エルサレム神殿があった場所に造られている”岩のドーム””アル・アクサーモスク”を第3の聖地とするイスラム教

 

 キリストが苦難と共に歩いたヴィア・ドロローサを巡る

そして3つ目はキリスト教でエルサレムはイエス・キリストが死んだ場所であり、処刑されるまでに歩いたとされている道がこれから歩く「ヴィア・ドロローサ(苦難の道)」という道なのである。ちょうど地下通路の出口を上がってきた先に、現地ガイドさんが日傘を向けていた方向を見ると、キリストが歩いた道で14個の重要な場所があり、それの目印が付けられているのだ。この写真中央の黒く丸いレリーフにローマ数字で「Ⅰ」と彫られている。


①【イエス、死刑判決を受ける】

ワルシャワの聖十字架教会に飾られているレリーフ


ここがヴィア・ドロローサの始発点とされていて、ゲッセマネ庭園で捕らえられたキリストはこの場所でローマ帝国から派遣されていた総督ピトラに裁かれ死刑にされる。

 

今ではこの建物は学校となっていて、中には入る事は出来ない。ここはキリスト教の礼拝堂になったり、イスラム教の墓地や政府施設などに建て替えられた歴史があり、現在は男子校になっている。内部にはキリストが判決を受けた時代の遺構などは何も残っていないようだ。

 

その建物の反対側にある入口を入って中に進む。このヴィア・ドロローサというのは14世紀頃にキリスト教徒の巡礼者が多い為に作られた。はるばる遠い遠隔地より高価な旅費と道中の危険を顧みず信仰心を持ってきた人々に感銘を与える為という建前で、その裏にはその観光費用が重要な財源になっていたというエルサレムの事情もあったようだ。

ちなみに本当にキリストが歩いた道というものは西暦70年に崩壊したエルサレム神殿に代表されるようにその市街地の破壊もあり、あくまで「こうだったんじゃないかな?!」というのに基づく部分が多いようだ。そして14世紀に制定されたヴィア・ドロローサのルートもそれ以降、何回か変更されているようで史実も歴史もあまり関係はなく、そのキリストの苦難に満ちた姿をイメージする場所になっているようだ。

 

  第2留:鞭打ち(茨)の教会

門を入ると右手にフランシコス会の教会が見えます。キリストを捕らえたローマ兵が、キリストに対して鞭を振るった場所とされています。


②【イエス、十字架を担ぐ】

ワルシャワの聖十字架教会に飾られているレリーフ


オスマン帝国時代に馬小屋として使われていた事もある教会ですが、1930年頃に改修されてご覧のようにそんな馬小屋の面影も無いキレイな教会の内装となっています。

 

一説ではそんな馬小屋に良種の馬、数頭を入れていたら翌日全頭死んでおり、神聖なキリスト教の場所に馬を入れた罰だと言われたらしいが、本当にキリストの神業が使われたなら馬を死に至らしめる事なんてしないだろうに。

 

「信じる者は救われる!」じゃないけど、何でもかんでもキリストの神業に結び付けるのもどうかと思うけどね・・・。そうなってくるとキリストが触れたものは全て神聖な物で神秘的な力を持っている事にもなるしね。

 

ただそういったキリストの逸話も、人間側が自分の都合により話を誇張した話が多いように思う。もしキリストが実在していたのなら・・という話だけど、人間側の主観で考えた事で奇跡を起こすのではなく、神様側からの観点で奇跡を起こすのだと思うけどね。。

 

教会奥にあるステンドグラスには茨が体に巻き付けられたキリストが描かれている。何とも痛々しい図である。。

 

教会内の天井には、キリストが頭に被せられた茨の冠を象徴するようなモザイクで装飾されているのが見受けられる。

 

 鞭打ちの教会内部の景色 動画

 

これからドンドンとヴィア・ドロローサにまつわる建物などが続いていきます。頭の中がゴチャゴチャにならないようにしましょう。あまり興味無い人は聞き流すのも手ですが。。

 

ローマ帝国の総督ピトラはキリストには有罪にする程の罪がないのを理解していたが、ユダヤ人達からのプレッシャーに負けて有罪と判定した。この後ユダヤ人はキリストを殺害した人種と見なされ、彼らユダヤ教の考えでもある「身内を殺されたら、殺し返しても罪にはならない」というのを逆に取られて長い間迫害を受ける事となるのである。

 

この教会入口の上部レリーフには、茨をイメージした装飾が彫られている。

 

ここの教会は十字軍によって建てられた為に、扉には十字軍のマークでもある”エルサレム十字”が入っている。

 

これらもキリスト教徒にとっては重要なものなのかもしれないけど、他の宗教を信仰する人達からすると全く興味がないものになってしまう。なので馬小屋にされていた時期もあるんだけどね。

 

100年以上前のこの付近の場所を収めた写真なのかな??

 

こちらの壁には当時約2000年前のエルサレム旧市街地エリアを再現した模型が飾られています。

 

あまりキリストの話とか、宗教関係の話は興味がないのであまり注意深く聞いていなかったのですが、いつも後で振り返ってこういった写真などを見ると「あの時、もっとちゃんと聞いておけばよかった・・・」と思う事になるのだが。。

 

日陰に入ると涼しいエルサレム。8月に来たけど、日中は太陽光を遮るものを持っていれば多少の暑さは防げるし、夜はそのまま半袖でも過ごせて快適だし、思った以上に8月にこの地方を訪れるのも悪くなかった。

 

まだ現地ガイドさんの説明は続いている。阪急交通社(トラピックス)のツアーに参加すると、毎回ガイディングレシーバーという器械を貸してくれて離れていても添乗員さんや現地ガイドさんの説明をイヤホンを通して聞けるのであるが、そろそろ耳が痛くなってきたのでイヤホンを外していた。なので全然説明を聞いていなかった。

 

横の別の教会の入口では、他の観光客の集団が何かを見つめていた。

 

 有罪判決の教会

この敷地内にある、もう1つの教会にも足を踏みしめる。

 

こちらは先程の教会とは違い、十字架を背負わされたキリストの苦行を表す立体的な造形物が置かれている。

 

足元を見ると、昔は馬車が通る道だったらしくその轍があり、面影を残す地面となっている。

 

こちらも十字軍により建てられた教会で、19世紀にオスマン帝国よりフランシスコ会に譲渡されたものである。

 

 有罪判決の教会内部の景色 動画

 

有罪の判決を受け、ユダヤ人に引き渡されるキリストを止めに行こうとして制止されている母親のマリアを描いた作品なのかな?!

 

こちらのキリスト像では自分が磔される十字架を軽々抱えているように見える・・・。もしこの十字架に磔にされても足が付いてしまうので磔って感じがしないだろうに。もしかしたらこの像を作る時に作者の何かしらの意図があったのだろう、十字架を大きくしたら像のバランスが悪くなるとか、コストと納期が増えるとか。。

 

現実的にはこちらの十字架サイズの方が”磔にされる十字架”っていうイメージにピッタリである。

 

約2000年前に神の子供として生きたとされるイエス・キリスト。ただし彼を救世主と讃える周囲の人間達が、彼の逸話を大きくし過ぎたのかもしれない。

 

こちらの教会の門には、先程の教会とは違い”エルサレム十字”のマークが見当たらなかった。同じような教会だけで、同じように造られた訳ではなさそうだった。

 

エルサレムの街ではこのように、動物の角も売られていて吹けば音が鳴るそうだ。ただしお土産で買って帰ると、空港の税関で武器だと思われて没収される可能性が高いらしいけど。。

 

さっきのフランシスコ会修道院にある教会エリアが第2のステーションです、それを表すこちらの標識。レリーフの真ん中にはローマ数字が彫られている。

 

 ヴィア・ドロローサを歩く

そしてここからヴィア・ドロローサの道を歩いて進みます。約1000年以上に渡って、キリス教徒の巡礼地となった道のヴィア・ドロローサ。その1000年以上の間で、その道自体はその時代時代によって変更になったみたいだけど今のキリスト教徒にとっては今のヴィア・ドロローサが巡礼の道なのである。エルサレムの街からすると、このヴィア・ドロローサは大事な観光の収入源でもあるのだ。

 

そんな道端の商店のオジサンが売っていた「ヴィア・ドロローサの冊子」。一枚1ドルで現地ガイドさん曰く、そこそこまとまっている内容との事で購入する。ボクからするとブログを書く時用に資料がいるのでなるべくこういった物を買おうと思っているが、他の人達は興味が無いようで他に買う人はいなかった。。

 

この横にある教会は「エッケ・ホモ教会」と呼ばれる、ローマ総督ピトラがイエスを差して言った言葉から名前が来ている。そしてこちらの「エッケ・ホモ・アーチ」と呼ばれる建物は2世紀にエルサレム征服を記念してハドリアヌス帝にて造られたものだそうだ。この道の上に出ている部分はそんなアーチの中央部分。

 

そんな歴史的なアーチをくぐり、イエス・キリストが歩いたとされる道を進みます。

 

このヴィア・ドロローサの道は現在はこのような感じになっている。もしキリストが実在していたら・・・になるけど、2000年前のエルサレムの地面は何メートルか下だったようだ。

 

その道中にはキリスト教の教会だらけ。ちょっと中に立ち寄ります。

 

こちらの教会は、中がガラス張りになっているので遠くから見るだけ。特段変わったものはないように見える。

 

十字架があるだけの教会。天からの光を採光しているので、照明が無くてもとても明るい。

 

何も無いのであっさりと教会を出ます。

 

エルサレムの街にはこのようにフルーツジュースを提供するお店が目立つ。バナナやキャロットは分かるけど、左から2つ目は何だろうか?? ウコンか生姜かな?!

 

約1000年に渡ってエルサレムの貴重な収入源となっている、巡礼の道「ヴィア・ドロローサ」。全世界の人口の約1/3とも言われるキリスト教徒がいるので、その巡礼地と認定されるだけで莫大な観光客が訪れる場所。

 

戦国時代の末期に日本でもキリスト教の布教が始まったが、キリスト教の布教拡大を恐れた豊臣秀吉と徳川家康によって封じ込められたので日本国内ではあまり広がらなかった。現在の日本での人口におけるキリスト教徒の割合は1%以下だそうだ。そんな非キリスト教徒でも現地に行ってみると、キリスト教の歴史について興味が出てくるハズ。

 

アルメニア系の病院があったり、絨毯を販売する店があったりと新鮮な感じのヴィア・ドロローサ。2000年前はキリストが処刑される場所まで十字架を担いで歩いた道とされているが、現在は観光名所となっているのである。

 

イスラム教の支配が長かったエルサレム。その影響か絨毯も何気なく飾られている。先日行ったトルコでいい絨毯は結構”いいお値段”がする事を知って驚愕した。。

 

約2000年前に生きて死んだとされる1人の男が、その2000年後も世界で最も需要な人間として扱われている。ボクは神を信じないが、それほどの人物だったのだろうか?!

 

キリスト教には全然興味が無く、単にエルサレムを訪れただけだったけど、実際に訪れてみるとキリスト教について色々と勉強する事が出来た。そういう意味では今回の旅行もとてもいい経験となった。そしてエルサレムはキリスト教だけではなく、ユダヤ教やイスラム教についても興味を持つキッカケになる国なのである。

 

「VIA DOLOROSA」と表示があるが、ヘブライ語・アラビア語・英語で入っているのがエルサレムの複雑さというか、色んな人種・宗教が混ざった場所である事を象徴しているように思う。

この様子はまた次回に続きます!

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