古代ローマ時代の大規模な遺跡が残るエフェス神殿-トルコ旅行記25

【トルコ周遊10日間ツアー】4日目

【1人参加旅ツアー・阪急交通社(トラピックス)】2019年7月中旬

とにかく暑い!?

 エフェス遺跡の見学スタート!

ここはイズミルにあるエフェス遺跡。古代ローマ時代に繁栄した都市跡が残されている遺跡です。これから中の見学が始まります。

 

まずは入口の柱をバックに記念撮影するオジサン。ちなみにこちらのエフェス遺跡には2箇所、出入口があります。

 

こういう柱も最初見た時は感動するけど、さすがに見慣れてきたな・・・。

 

1人参加旅の場合は、皆さん相方が居ないので自撮りをする人もそこそこ居ますが、せっかく旅で知り合った仲間ですから「写真、撮りますよ!」とひと声かけて積極的にいい旅になるようにサービスしていきましょう!

 

このエフェス(エフェソス)は元々ギリシャ神話に登場する女戦士アマゾネスが造ったとされている。その時の王が「アパサス」(APASAS)で、街の語源となっているようだ。アマゾネスは馬を初めて飼い慣らし、戦闘を得意とする狩猟民族だったと言われている。そしてその都市の守護神はアマゾネスの崇拝していた狩猟の女神アルテミスとなったそうだ。

 

そういうギリシャ神話の話って、全部本当???って思うけど、トロイ遺跡の件もあるので、あながち馬鹿には出来ず真実味の有りそうな話にも聞こえてくる。

 

もう少し行けば「オデオン」と呼ばれる音楽堂があるようだ。収容可能人数は1400人前後なんだとか。

 

こちらの小さな門の上には、十字架が彫られている。これらのローマ遺跡が出来た後に彫られたものかな?!

 

裏道のような感じの隙間。

 

その音楽堂が見えてきました。

 

音楽堂でもあり、評議員が集まり議論などをする政治的な場所でもあったようです。

 

本当にローマ遺跡にはこういった階段状の劇場跡が多い。それだけこの形が優れていた事を表すのであろう。ちなみに昔は木製の屋根が付けられていたようで、日差しや雨を防いでいたと考えられているそうだ。

 

今の時代もスタジアムなどの観客席はこのような傾斜の形を採用している。そういう意味では前衛的な設計だったのだと思う。

 

そんな古代ローマ時代の人々の思いを受け止めて、今後も楽しく生きて行きたい男!

 

そこからこちらの道を通ります。そんな門の所に子供連れのお母さんが座っています。

 

するとエフェス遺跡のガイドブックを読んでいる最中で、勉強中でしたね。熱心なお母さんです。ボクも色んな遺跡に行くと、現地に置いてある日本語で書かれたガイドブックが欲しくなるのですが大体1000円近くの値段をケチッて買わずじまいなのが多いです。

こうやってブログを書くと色んな情報が欲しいので、なるべく現地のガイドブックは少々怪しくても欲しいのですが、大阪人のケチ根性が海外で出ちゃうのであります・・・。

 

このエフェスも『夏草や兵どもが夢の跡~~!』って感じですかね??

 

お次は黒猫ちゃんを発見します。

 

そしてまた猫ちゃんにご挨拶します。「おお~~気持ちいいニャ~!ちょうど、そこを揉んで欲しいと思っていたニャ~~!そこを揉んでもらうのは実に200年ぶりニャ~~!」と言ったように聞こえたような、聞こえなかったような・・・。

 

こちらは元々アルテミスの礼拝所だったが、その後に改修されてプリタネイオン(市議会堂跡)になった。

 

この遺跡にあったアルテミスの像は、近くにあるエフェス考古学博物館に収容されています。

 

そしてここから、少し下り坂になっています。

 

ここはそうでもありませんが、マーブル通りと呼ばれる道は地面が大理石になっているのでよく滑ります。なので歩く際はご注意ください!

 

こちらは更地になっているけど、何か建物が立っていた跡かな?!

 

昔はこの場所から海が見えていて、見晴らしも良かったのだろうな。海が見える高台ってだけで、気持ちよく感じる。

 

続いてこちらは「メミウスの碑」と呼ばれるもの。当時ローマ時代の独裁官ルキウス・コルネリウス・スッラ・フェリクスの本人と、息子とその孫メミウスを讃えるものである。

 

道端には何かの神殿跡のようなパーツも転がっていた・・。

 

この真ん中奥に柱が2本立っているのはドミティアヌス神殿跡。ローマ皇帝ドミティアヌスにより建造された神殿だった。なおドミティアヌスはキリスト教徒を弾圧し独裁的な専制政治をして最後は暗殺される。その死後は元老院によってドミティアヌスゆかりの建物をほとんど潰されたので、そのドミティアヌス神殿が残るこのエフェス遺跡はこんな状態でも、とても貴重なのだとか。

 

 エフェス遺跡の景色 動画

 

ドミティアヌス広場から出てきたとされる「勝利の女神ニケのレリーフ」です。だから昔からこの場所に置かれていた訳ではありません。

女神ニケは一般的には有翼の女性の姿で描かれている事が多い。あの有名なシューズメーカのナイキ(Nike)の社名はこの女神ニケの英語読みに由来する。バックトゥザフューチャーで過去に戻ったマーティーがその靴を見られて「そのニケってなんだ?!(笑)」って笑われていたシーンがあるが、まさにこのニケから来ている。

 

お父さんも73歳で最近70歳を過ぎてから「足腰にガタがきた」と言っていて、歩き方がチョコチョコ歩きだったが要所要所ではしっかりと写真撮影をしていて、思った以上にしっかりしていた。

 

まだまだエフェス遺跡は続きます。

 

そんな案内板の横に座っていた、足長の美女。ごっつい厚底のサンダルを履いていたね。。

 

しかしトルコのこんな場所までも征服していた古代ローマ帝国の凄さを改めて感じる。途中から今のイスタンブールを首都にして、地中海沿岸を征服していたのだからそのローマ遺跡が色んな場所に点在している理由が分かる。

 

こちらは先程見た「メミウスの碑」を横から見たもの。

 

そしてクレティア通りと名前が付いている道を下って行きます。

 

この辺りから道の石がツルツルなので、注意しないと滑ってしまいます。そういうボクも2回程滑ってしまいましたね。。

 

足元には文字が彫られた石が置かれていましたね。どこかの建物にあった部分が崩壊したのかな?!

 

ここでちょっとしたミスをしてしまいます。実はこのすぐ先に見える2本の柱がありますが、向こう側からこの柱を見ると「ヘラクレスの門」と言われていて、ヘラクレスの彫刻がある2対の門になっています。その向こう側から見る彫刻が写った写真を撮り忘れてしまったのだ。。

ちょうどこの辺りでみんな記念撮影をしたがってたので、カメラマンを買って出ていたら、この辺りの遺跡を見る余裕が全然なかったorz・・・ちなみに先程見た勝利の女神ニケのレリーフはここのアーチ部分に飾られていたらしい。

 

 エフェス遺跡の景色 動画2

 

こんな感じでヘラクレスの門の彫刻が見える位置に立っていたのに・・・残念orz。

 

今思うと「遺跡などを訪れる前にもっと下調べをしておいた方がよかった」と思うけど、それは毎回海外旅行に行った後に思うんだけどな。。

「後悔、先立たず」じゃないけど、「遺跡も先立たず・・・」かな?!

 

 エフェス遺跡の景色 動画3

 

でも「遺跡も先立たず・・・」じゃないけど、「やっぱり自分の目で遺跡を見て、自分の足で遺跡を歩いたからこそ、その場所に愛着が湧く訳で、まだ行ってもいない所に興味なんかあまり出ないし何もかも調べて行っても、新鮮さがなく面白くないし!」とか負け惜しみを言ってみました・・・。

 

そうしている内にお次は「トラヤヌスの泉」が見えてきました。こちら泉はエフェスの守護神アルテミスローマ皇帝トラヤヌスに捧げられたもの。ローマ皇帝トラヤヌスはイタリア本土出身者でない初の属州生まれの皇帝でもあり「五賢帝」の1人として、この時代から現在までも称賛されている優れた君主である。

 

手前には柱跡が並べられていた。

 

こちらの中央にはローマ皇帝トラヤヌスの像が置かれていて、その足元には奥にあったとされるため池から水が流れていたそうだ。

 

偉大な人間は時を越えても尊敬され続けるのである。

 

この板の右下にあるように当時は2階建てになっていたようだ。

 

トラヤヌスの泉の前に置かれている石には溝が掘ってある。当時は排水路として使われたようだ。

 

その横には残骸が散らばっている。この辺りにも何か重要な建造物があったハズ。

こんな様子はまた次回に続きます!

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