イタリア周遊10日間 ひとり旅ツアー(阪急交通社)口コミ旅行記-8日目
アマルフィ観光
クネクネと細く曲がりくねった道を進むと、やっとアマルフィの街に到着しました。
トラピックスのこのイタリアツアーもこのアマルフィが最後の観光。長かった旅もいつかは終わる。振り返れば何事も早く感じてしまうので、振り返らない。
バスを降りて、まずはトイレの場所を確認。ただしここは有料のトイレだそうです。とりあえず先に撮影スポットに向かう。トイレは後で行こうっと。
中世には「アマルフィ共和国」として、地中海の覇権を握り貿易で繁栄していた。アマルフィ海岸でもこの場所が中心の都市であり、観光場所でもある。
この場所は来てみると分かるが、アマルフィ海岸でもちょっとだけ開けている。昔は造船所があったり、製紙工場が40軒もあったそうだ。
今では観光場所のこの港も大昔は貿易をする船で賑わっていたのだろう。11世紀には当時世界最大と思われる造船所があったこのアマルフィ。
そんな中世に地中海の実権を握っていたアマルフィも、その後はノルマン王国などに支配されて衰退の道を辿ります。しかし海運都市であったアマルフィで羅針盤が発明されたとその名残があちこちで見受けられます。
南イタリアって、中世以降は敵国に支配されて衰退した都市が多いがその分のんびりした感じになって今となっては独特のムードを醸し出す観光名所になっている。
アマルフィの街を一望できる波止場の先端へまずは向かいます。その横に設置されているテトラポットでは記念撮影をする若い子で賑わっています。
テトラポットの上で記念撮影する美女!?
その途中に楽しそうに頭を振って記念撮影をする美女の姿が!
「気分はモデル!」という感じだろうか。
「一番大好きなポーズは髪の毛をかき上げるポーズよっ!」的な感じの美女。
他にもジュゴン?!みたいな美女もテトラポットの上で楽しそうに時間を過ごしている。もしかすると人魚の生まれ変わりかもしれないね。。
アマルフィの記念撮影スポットからの眺め
山に囲まれた都市だったので、領土を簡単に拡大できなかったのも繁栄を続けられなかった原因の一つかもしれない。それとも繁栄をしていた時に有頂天になり、次を見据えた政策を取らなかったからかもと色んな事をこの場所で思い浮かべてしまう。
この先の渓谷に街が広がっている・・というより上がっていっている。
この撮影スポットで記念撮影を各自する事に。
撮影スポットで楽しむ男!
「最後の最後までイタリアを満喫してま~す~!」
「そういえば最近社交ダンスの練習、していないな。ちょっとアマルフィで練習してみようっと」という感じの男。
「ハーイ、皆さんこうやってまずは背筋を伸ばして~~!」
アマルフィの撮影スポットの眺め 動画
みんなも楽しそうに、また名残惜しそうにイタリア最後の観光を楽しむ。
□POINTこの辺りになると自分と波長が合う人間が大体見えてきて、その人達とくっついて行動しつつあるが折角の1人旅ツアーなのでなるべく全員と絡みながらの方が満喫できます
そしてボクもテトラポットの上に上って、美女と写真撮影をと。
「同じフレームに入ってます??」ポーズ。
「こんな不安定な岩場でベスト・キッドポーズ!」
このアマルフィもキレイな建物ばかりで、おっとりとした街の雰囲気。
アマルフィの街を散策
アマルフィの街の入口にあるお店の前にカバンが置いてある。カプリ島でも売っていて、そこで買っている人がいてそのカバンを見ていると欲しかったので見てみる事に。するとカプリ島に比べて2ユーロ程安かったが、冷静に考えた結果「多分買って帰ってもカバンは使わないだろう」との結論を出し見送る。
でも展示品ばかりか、あまりキレイなカバンが無かったのも原因かもしれないね。。
アマルフィの街に入っていく。ここは広場であるが、車も通っている。ただ観光地なのでゆっくりとしたスピードではあるが。
置くまでズラ~~っと続く街並み。
聖アンドレアの泉
残念ながらこちらの銅像は只今改装中。イエスの第一弟子といわれる”聖ペトロ”の弟とされている「聖アンドレア」の像で、アマルフィの守護聖人である。
□POINT聖アンドレア(Andrea)はギリシャからロシアまでキリスト教の布教を続けていき、最後はギリシャで“X型の十字架”に磔にされて処刑されたそうだ。彼は十二使徒の1人として崇拝されていたのでその“X型の十字架”は国旗や紋章などに描かれるようになった。そして聖アンドレアはギリシャやロシア、スコットランドなどでも守護聖人として扱われており、スコットランドの国旗はこの“X型の十字架”を採用している。
こちらは「スコットランド国旗」。このアマルフィの銅像を1つ見ただけで、こんなに派生するものがある。興味というものは大きな勉強材料であり、沢山の物を得る可能性があるものだ。
皆さんもどんどん興味のある方向へ進んでみて下さい、色んな発見があなたを待っているハズです!!
聖アンドレア大聖堂
10世紀に創建され、その後拡張や改修を経てバロック様式の教会となって現在に至る。57段の階段を登ると創建当時の交易先であるイスラムやビザンチン地方の特徴を活かしたデザインになっていて、緑と黄色の”マジョルカ焼き”の装飾が特徴的である。
その階段の脇にはレモンチェッロのお店がある。この地方もレモンチェッロが名物でカプリ島とはまた味が少し違って人気だそうだ。
左側の鐘楼は13世紀に造られた。それを見ながらイタリア最後のオハバーシャツを準備。
「そういえばイタリア来てからアキレス腱を伸ばしていないので、柔軟にしておこう」ポーズをするオハバーシャツ男。
早速57段の階段を登って、アンドレア広場を見下ろす。海岸線から差し込む逆光に目が眩しい。。
聖アンドレア大聖堂の内部
こちらが大聖堂内部の写真。奥の祭壇には“X型の十字架”になった聖アンドレアが祀られている。こちらの大聖堂内はフラッシュ無しであれば撮影可能で入場料もタダ。
頭上にはシャンデリア。その上の天井画は聖アンドレアの生涯を描いているという。
やっぱり白は「潔白」の色なので、美しいし大聖堂のイメージに合う。
そういえば色んな教会や大聖堂に行っても、あまりお祈りする事がないのでちょっと一息入れてみる事に。
「これからも楽しい人生でありますようにっ!」と祈る男。
本当は祈るんじゃなく、自分でそう行動しないといけないんだけどね。
『世界を動かそうと思ったら、まず自分自身を動かせ』
by ソクラテス
祭壇の十字架の後ろにある絵には“X型の十字架”に磔されている聖アンドレアが描かれている。そして手前の祭壇にはイエス・キリストが彫られている。
聖アンドレアの大聖堂を後にする。ここからは30分の自由時間なのでこの辺りを探索してみる事に。
ほんと女性はアイスクリーム好き。これを食べ過ぎた後の結末を知らずにみんなアイスクリームを口にするから劣化が早いのかも?!
レモンチェッロのお店を見学
そしてアマルフィの街は特産品のレモンを使ったレモンチェッロのお店が沢山ある。カプリ島よりお酒の入っている瓶のバリエーションが違い、可愛らしいのが沢山ある。これを見るとカプリ島でレモンチェッロを買わなきゃよかったと思う位であった。
レモンチェッロの瓶の形自体、沢山ある。更にそれに加飾をしていて、色んなデザインの瓶が置いてある。
お酒を買いに来たのではなく、インテリアを買いに来たような感じになっている。。
店先にはレモンの石鹸が所狭しと置かれている。そしてそのデザインがとても可愛い!完全にアマルフィのレモングッズの方がオシャレ!!
この細長い瓶とかもお洒落なお土産になる。
お酒を飲めない人にはインテリアで使えるので、このレモンチェッロのお土産購入はオススメです!
そんなレモンチェッロのお店だけで何軒もあるので、目移りしてしまう。一緒にふらついていたオジサンは「またレモンチェッロのお店に入るのっ??」って顔をしていたが。。
それ以外にも色んなお店が並んでいる。とりあえず奥まで行ってみる。
狭い家と家の間にある階段。子供だったら、こんな階段だけで何時間も遊べるのに。。
アマルフィには雑貨店もあるが、大してインパクトのあるお土産は置いてなかった。レモンチェッロのデザインに力を入れ過ぎて、他の物は全然・・・。
アマルフィの公衆トイレのゲート
初めに通ったアマルフィの公衆トイレに入る。先程までゲートが不調で修理していたらしいが、今は順調に動いている。入る際に50セント硬貨を入れると、ゲートが「ウイ~~ン」と動いて入れるハイテクな自動改札機。
辺りはすっかり夕暮れ模様。この風景を見ていると「そろそろイタリア旅行も終わるんだな・・・」と感じる。でもボクはそんなことでは落ち込まない!
『終わりは始まりに過ぎない!』
by 自称アマルフィのスパイダーマン
こちら「花の慶次」の中で一瞬だけ出てくる信長の名言のパクリでした。。
同じ場所でも太陽の位置によって、異なる顔を見せる。
イタリア最後の観光を心ゆくまで味わう。
正面のやや左下にあるタイル画は地中海を守る共和国を描いたもの。「信仰の敵と戦え」と標語も。
上の方には「聖ジアジオ教会」も見える。ここで観光終了、帰りのバスに向かいます。
この続きはまた次回に!
↓↓イタリア旅行記:初回↓↓
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