ポルトガルで最古の歴史あるコインブラ大学に潜入-ポルトガル旅行記-23

ポルトガル旅行記:4日目

阪急交通社ツアー「お1人様参加限定:決定版ポルトガル8日間」-2020年1月13~20日

昔に首都だったコインブラ

ポルトガル旅行も4日目となり、折り返し地点になります。今回のツアーは8日間の旅ですが、最終日は飛行機に乗るだけの日程なので実質は今日が旅行の中日となります。ただ旅行中にそういうような「後1日しかないんや~~もっと居たい~!」とか言っていると、イマイチ旅行を楽しめない気がするので、ボクは旅中一切そういう事を考えないようにしています。

 

朝はいつも通りにホテルで朝食。こちらのホテルは連泊なので慣れたもの。ただ朝食会場でこのようなコーンフレークを食べた事は一度もないので、今度置いてあったら一回は食べてみようかなと思う。

 

今日の朝食はアッサリ目。いつもながら朝食からはガツガツ食べれない体なので、ヨーグルトを胃に入れて誤魔化します。

 

 

コインブラへ向かう

さて午前9時にポルト郊外のホテルを出発して、一路南にあるコインブラの街を目指します。

 


コインブラの街までは約135kmで、バスで1時間40分程かかります。

 

朝日が顔を出すのをちょっと防がれたように見える、空模様。そしてこれでお別れのポルトの街とドウロ川にも別れを告げる。

 

そこまで長くない距離だけど、一回トイレ休憩を挟みます。コインブラに到着してからがトイレ休憩が無いみたいなので、前もってこちらのサービスエリアでトイレを済ませておきます。

 

ネットで見た、とある記事で「日本人はトイレに行き過ぎる!」という内容で書かれているのを見たけど、欧米人と比べて回数が多いというよりかは、このようなパックツアーでの団体行動では途中でトイレに行っちゃうと観光がストップして他の人に迷惑を掛ける。だから事ある毎にこまめにトイレに行くだけだと思う。逆に欧米人は日本人から見ると、前もってのトイレに行かずに自分のわがままなタイミングでトイレに行く為に、まとまりのない団体行動になっていると思われる。

ただ海外のこういったパックツアーではバスの集合時間に戻らなかったら、平然と全員乗らないままバスは出発するという。実際にシンガポールの空港で乗継時間待ちの間に行ける、空港が手配してくれるシンガポール名所を回るツアーに参加してた時も、最後の集合時間に戻らない人が居たにも関わらずバスは出発し空港へ帰って行った。

わざわざ集合時間が遅れた人間に対して待つという行為はしないそうで、そこも”自己責任”「次の場所まで自力で向かえ!」という意図のようだ。。

 

コインブラの街の景色 動画

 

コインブラの街がだんだんと近づいてきました。高台の一番上に見える塔のある場所が、ポルトガルで最古のコインブラ大学である。

 

コインブラの街をバスから眺める 動画

 

こちらの川はコインブラの街を流れるモンデゴ川(Rio Mondego)で、全長約260kmでポルトガル有数の河川である。

 

コインブラの街に入ってきた。12~13世紀の間はこのコインブラが首都だったので、昔の建物っぽいような街並みが見える。

 

こちらのコインブラはリスボン・ポルトの街に次いで、ポルトガルでも重要な都市であるという。それも昔首都だったのもあるが、ヨーロッパでも最古の大学の1つであるコインブラ大学の存在もあるのだろう。

 

 

コインブラにて

ポルトの街を出発して、休憩を一回挟み、コインブラの街の高台に到着する。

 

コインブラ大学の正面には、1290年にこのコインブラ大学を設立した、当時の国王ディニス1世(Dinis Ⅰ)の銅像が置かれている

この奥に背中向いて立っている銅像は1290年にこのコインブラ大学を設立した、当時の国王ディニス1世(Dinis Ⅰ)である。このディニス1世はポルトガル王国:初代国王アフォンソ1世の玄孫(やしゃご:曾孫の子)である。

 

このコインブラの街も、中世の頃よりあるコインブラ大学が有名過ぎて、大学だけの街という印象にもなりガチであるが。。

 

こちらはコインブラ大学の医学部の校舎。ポルトガル語も元々はラテン語から来ているので、微妙に英語っぽいような単語もあるので、何となく読める文字もある。こちらにある「medicina」は薬という意味。

 

【コインブラ大学】(Universidade de Coimbra)

 

 

 

左に見えるのはコインブラ大学総合図書館であるが、コインブラ大学で昔からある歴史的な図書館であるジョアニア図書館は、この先にある旧コインブラ大学の構内にある。

 

その総合図書館の向かいにあるこの建物は、コインブラ大学の文学部の建物。

 

そしてこれからコインブラ大学の本堂に行くのだと思っていたけど、こちらは”コインブラ旧大学”で昔から使われてきた建物だけど、現在メインで使われている大学本堂は別の場所にある。だけど歴史的なコインブラ大学の見学は、こちらの旧大学の建物が一般的にはメインである。

 

コインブラ大学周辺の景色 動画

 

コインブラ大学は8つの学部で合計約25,000人程の大学生が在籍しているそうだ。そして留学生の受け入れにも積極的で、日本人学生も数十人程在籍しているとの事。ただポルトガルでも歴史的な大学だけど、ポルトガルの大学レベルとしても五本の指に入る学力との事。

 

ポルトガルの名門大学「コインブラ大学」の前に立っていた銅像

「コインブラ大学を見学に来た観光客の方は、こちらへお進みくださいませ!」というような案内板にも見えなくない銅像。。

 

「鉄の門」(無情の門)にて

こちらはコインブラ大学の古い場所と新しい場所を隔てる「鉄の門(無情の門とも)」(Porta Férrea)と言われる、人気のスポットである。

 

数百年の歴史を持つ大学だけど、個人的には歴史があるからといってそれがそこまで大学にとって重要とは思わない。古き良き伝統もいい面もあるし、良くない面もあるので評価は様々。

 

大学のファザードには、豪華な彫刻がされている。鉄の門の由来は、そのままの意味みたいに見える・・・。

 

ポルトガルのコインブラ大学の正面にある「鉄の門」(Porta Férrea)に括られている、色とりどりな紐

そんな鉄の門の上には布が括られているのが見える。恋のおまじないか、それぞれの学部が競って高い位置に結ぼうと競争した跡なのか?

 

ファザード前の地面にはモザイク画となっていて、豪華な旧大学の玄関である。この玄関を数え切れない人々が通過していったのだろう。ちなみにこのモザイク画のようになっている地面は”ポルトガル式歩道(Calçada Portuguesa)”と呼ばれる、ポルトガル独特のモザイク画の道である。

古代ローマ時代のモザイク画に比べれば大きい石を並べているのでモザイクっぽく見えないかもしれないけど、ポルトガルの街並みは大概この形式の道が多いのである。

 

コインブラ旧大学内にて

旧大学の構内に進みますが、その入口には他国の観光客団体と鉢合わせしたので、とても混雑している。。

 

そしてこちらが歴史あるコインブラ旧大学の構内。右側にはこの大学の象徴でもある塔があります。これは18世紀にイタリア人建築家アントニオ・カネヴァリ(Antonio Canevari)が建設したものである。

 

大学構内に入ると、まずは大きな広場がありますが、ご覧のように他の団体と鉢合わせすると人だらけの状態に・・・。

 

旧大学構内の景色 動画

 

入って右手に見える、こちらの宮殿っぽい建物は「ローマ回廊(Via Latina)」と呼ばれる。元々は宮殿だった所を買い取ったようで、コインブラの街に首都が置かれていた時はこちらは王宮として使われていた建物だそうだ。

 

この場所はコインブラの街でも、一番の高台にあるのでとても景色がいい。ただし周りはそんなに栄えていないので、広大な緑が広がっている景色しか見えないけども。。

 

こちらが旧コインブラ大学のイメージとして、強い印象を持たれている光景だという。

 

ボクも一応三流大学だけど卒業したが、こういう雰囲気のある大学じゃなかったので、海外の大学に留学するってのも人生にとってはいい経験になりそう。

ただし勿論そこの言葉をマスターしないといけないけどね・・・orz

 

こちらの十字架の彫刻も入った扉の中は「サン・ミゲル礼拝堂(Capela de São Miguel)」。大学内にも宗教の礼拝堂があるってのは、個人的にはちょっと驚く。まあヨーロッパではキリスト教徒である割合がとても高いので、こちらでは当然な光景なんだろうけども。

 

コインブラの街で一番高い位置から景色を見回せる塔。教会の鐘楼ではなく、大学の鐘楼なので昼休みの時間とかに鐘が鳴らされていたのかもしれない。ちなみにこの塔の上には展望台があり、有料だが登る事が出来る。ただしこの時は時間が無かったので登れなかったが。。

 

 

ポルトガルのコインブラ大学の旧校舎広場に建っている、大学が創立した当時のポルトガル国王だったジョアン3世(João Ⅲ)の像

旧大学内の広場の中央に鎮座している、こちらの銅像は15世紀前半にポルトガル国王だったジョアン3世(João Ⅲ)。このコインブラ大学って1290年に設立されたって話だけど、その時点から今までず~~っとこのコインブラの地に大学があった訳ではないのである。

 

それと礼拝堂の横にある、またこちらも立派なファザードの建物は1724年に造られたジョアニナ図書館(Biblioteca Joanina)。この図書館を見学するのは有料だけど、歴史ある雰囲気の内装で多くの本が貯蔵されていて、ここを訪れる時には必見の場所でもあるという。

 

1290年に設立されたコインブラ大学だけど、実はその時はリスボンに大学があったのである。そしてその後1308年に宗教と政治の対立もあって、それまで首都で学問も栄えていたこのコインブラの地に大学が移転された。だけどその後リスボンに大学が返り、そしてまた1354年にコインブラの地に戻ってくる。しかし1377年にまたこの大学は当時の国王フェルナンド1世がリスボンに移転したのである。

 

それから160年後の1537年に、こちらの広場に立っている銅像のジョアン3世が三度このコインブラの地に大学を移転した。それ以降コインブラ大学はこの場所にやっと定住する事になる。

 

旧大学内の景色 動画

 

広場の奥から、コインブラの街などが一望できる展望台ともなっている。

 

目の前にはモンデゴ川側が広がる。大きな川がある所に昔から人々が集まり、街が出来上がっていったという事を感じる瞬間でもある。

 

ヨーロッパで最も古い大学と言われているのは、イタリアにあるボローニャ大学で1088年創立だという。ちなみに日本では1877年創立の東京大学が最古みたい。

 

元々コインブラにポルトガルの首都があった。その名残を持つのが、この王宮跡であり、このコインブラ大学周辺の歴史でもある。

 

2013年に世界遺産の文化遺産として登録された、この「コインブラ大学−アルタとソフィア」。ただこの辺りで世界遺産のマークを見かける事はなかったけども。。

 

てっきりもっと大学生が溢れていると想像していたけど、訪れたのは残念ながら旧大学跡だったのであまり大学生は歩いていなかった。

 

ポルトガルの大学生は伝統的にマントで着飾っているとの事だけど、残念ながらそんな姿すら見る事は出来なかった。1人位観光地に居るように、観光客向けの写真撮影用にマントを着た学生が、アルバイトとして立っててくれても良かったのにと思う。

 

何とも歴史を感じる大学の造り、次は建物内に入ってみるようだ。

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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