ポーランド旅行記:6日目
阪急交通社ツアー「おひとり様参加限定:決定版ポーランド8日間」にて–2019年11月–
ポーランドの誇りでもあるヴァヴェル城
さて迎えたポーランド旅行も8日間の日程のうち、早や6日目となりました。今日はクラクフの旧市街地をメインに観光して行きます。まずは朝イチに国立美術館でレオナルド・ダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」の絵画を鑑賞し終えた所。
なお今美術館前から旧市街地中心部まで移動する為に乗っている、このバスはさっきまでポーランドに着いてから乗っていたバスではありません。というのも午後には列車に乗ってクラクフからワルシャワへ移動します。それに合わせてバスは美術館でボク達を降ろした後は、先回りしてワルシャワへ向かってくれているのであった。
こちらはまた目にした、昔歌手の中島みゆきが来た事のあるショッピングセンターですね。
クラクフ旧市街地の観光
そして僅かな時間の移動だけにチャーターされたバスを降りると、昨日の夕食前にバスを降りた場所と同じ。
昨日ここに着いた時は暗かったけども、明るい時に来てみると枯れている木が多い。
この格式の高い、レベルの高い学校も昨日前を通った事を思い出させてくれた。
11月中旬に訪れたポーランドは、ちょっと日本よりも寒かったかな。だけどヨーロッパの秋から冬にかけては日照時間が短くなるので、寒いよりも早く暗くなる事の方が問題ではある。
目前には3度ヴァヴェル城が見えてくる。これで実に3日連続、この辺りからヴァヴェル城を眺めた事になる。
この辺りでは路上駐車されている車ばっかりだったけど、その周辺でこのような上着を着た女の子が車をチェックしていた。適当に路駐している訳ではなく、事前に登録された車しか駐車したらダメみたい。それにしても、この女のコはあまり仕事のやる気が無いような顔をしていたけど、こうやって写真を見ているとちゃんと仕事をしているようにも見える。。
こんな場所にポスターを張っていたら「雨が降ったらビショビショになってしまう・・」と思ってしまうが、実際に雨に濡れてシワシワになったポスター達。。
3日目続けて見るヴァヴェル城も今日は開いている時間に訪問するので、やっと城内に入れるのである。
スマホのgalaxy-S10カメラで”超広角モード”に切り替えて撮影すると、このように上の写真と同じ場所から撮影してもこれだけ周囲全体も写す事が出来る。前のスマホ”ソニーのXperia”から機種変更するのに悩んだけど、実際変えてみると”機種変更してみて良かった”点が殆どである。逆に「機種変更していなかったら・・・」とゾクッとする。
ここでも社会見学に来た子供達と見られる集団と遭遇。ポーランドでは比較的珍しい日本人を見て、ちょっと照れながらも興味がありそうな視線を送る子供達。
どこの観光地に行ってもそうだけど、お城は当時の偉いさんが住んでいた場所なので豪華なものが多く、見晴らしのいい高台に造られている事が多い。
だんだんいい青空が見えてきた。

やっぱり曇り空よりも青い空の方が格段に、気分も良くなるし気持ちいいね!
この真ん中に見える建物の中には、ポーランドが誇る財宝が隠されているという。ただしクラクフもナチスドイツ軍に占領されていた時期があるので、そういった宝物も一部持ち出されている可能性がある。
ヴァヴェル城付近の景色 動画
やっぱりどこの城でも訪れるとワクワクするけど、中世の雰囲気があるヨーロッパのお城は日本では見る事が出来ないので、より一段とワクワクしてくる。
そんなヴァヴェル城入口付近には伝統民族衣装を着たオジサン達が、愉快に音楽を奏でていた。
ヴァヴェル城入口で演奏するオジサン達 動画
「この日本人観光客の団体はあまりチップを入れてくれないな・・」という顔をしていたオジサン。彼らに唯一チップを渡していたのは、79歳のお父さんだけでした。こういう時にさり気なくチップをあげれるという行為には、いつも感心します。こういった行為には思いやりと優しさが必要なんでしょうね。
こちらはヴァヴェル城入口の斜めになった上り坂を上がっている途中に、反対側に見える建物。神学校らしく、ここで神父になる為に勉強する場所のようだ。
こちらの壁には名前が入ったプレートが何枚も飾られている。こういうのは大体、そこの場所を修繕する為に大口寄付した人か、この辺りで殉職した人達のハズ。。
さて一昨日の夜も同じ場所からヴァヴェル城を見上げるが、今日は太陽が昇っている時間帯なので当然の如く、その時とは違って見える景色。
ヴァヴェル城に入城!
ヴァヴェル城への出入りはこちらの門。ただこの門も「トゲトゲの木が下を通っている時に間違って落ちてきたら、即死してしまうな・・・」と思ってしまうような感じ。。
ボクのような比較的若手にはしんどさはないけど、ある程度の年配になってくると沢山歩いたりしたら、ツアー後半には疲れてくる人もいるようだ。男性陣は年齢層が高めだったけど、皆さんお元気でしたね。
入口の門の横に飾られていた紋章。日本の家紋のようだけど、ヨーロッパなどは動物をモチーフにした物が多い。
クラクフ旧市街地は1978年に最初に世界遺産が登録された年に選定された場所である。ちなみにその時はこのクラクフから車で約30分の距離にあるヴィエリチカ岩塩坑も同時に世界遺産に選ばれた。なんと最初に世界遺産が登録された年にこんな近いポーランドの2箇所が選ばれたのである。これもポーランド人の自慢なんだとか。
第二次世界大戦中にはあまり損傷を受けなかったクラクフの街。しかしユダヤ人が比較的多く住んでいたクラクフでは、彼らはビスワ川北側のユダヤ人地区を追い出されて、ビスワ川南側に新たに造られた”ゲットー”と呼ばれるユダヤ人居住区に押し込められるのである。
そこには元々クラクフに住んでいたユダヤ人だけではなく、近郊の街に住んでいたユダヤ人達も集められたのでとても狭い地区で密集し壁に覆われて不自由な生活を送る事になるのである。ポーランドでは実に400を超える大小のゲットーが造られた。
第二次世界大戦前にはポーランドには約350万人のユダヤ人達が住んでいたとされる。そんなゲットーではユダヤ人達は腕にイスラエル国旗のような白地に青い六芒星のワッペンを付ける事を強要される。そして従来の生活環境も取り上げられて、一方的な労働を押し付けられるのである。それに反対するとナチスドイツ軍に射殺される事も度々あったという。
それよりもゲットで酷かったのは、食糧の配給も制限されてゲットー内で餓死する人が多かったという。それと共に冬場は極寒になるポーランドで満足に体を温める事も出来ずに凍死するユダヤ人も多くいた。だからゲットー内では常に道端に死体が転がっていたという、悲惨な状況であったようだ。
我々日本人はユダヤ人のホロコーストの悲劇といえば、アウシュビッツ強制収容所をイメージするがこういったゲットーはワルシャワなどにも造られ、多くのユダヤ人の被害者を出したのである。
実在したユダヤ系ポーランド人ピアニスト「ウワディスワフ・シュピルマン」の体験記を基にした映画である。

ポーランドを訪れる際には前もってこの映画を見ておいた方がより、より印象的にポーランドの事が分かり易いと思う。ちなみにボクは昔見た事があったけど、帰国後に再放送で見ましたね。
こちらの銅像は「タデウシュ・コシチュシュコ」という、ポーランド・リトアニア共和国の為に闘った人物。
1792年のポーランドとロシアとの戦争で敗れて、ロシア領土となったクラクフ。しかしクラクフで蜂起(コシチュシュコの蜂起とも呼ばれる)を起こしたコシチュシュコは草刈り鎌で武装した農民たちを率いて勝利を得る。一旦は勝利したものの、その後ロシア軍とプロイセンの大軍に攻め込まれて敗北し、再びロシアの領土となってしまうのであった。。
ここでも城内に入る門からは、後光が差し込んでくる。

まるで我々の到来を出迎えてくれているかのように見えるのは気のせい??
それにしてもポーランドの歴史を勉強しても、知っている名前の人が出てこないので意外と頭に入りにくい。ただこうやって実際にポーランド中を巡って、置かれている銅像などの人物に興味を持つと、歴史的に重要な人の像だったりして徐々にポーランドの歴史について覚えていくのである。
ポーランドは平地が多い土地柄もあって、長い歴史でも他国に支配されている時期が長い。だからその分、蜂起(元々の住人の反乱)が歴史では度々出てくる。でも逆に多過ぎて、それがどの時代の○○蜂起とか覚えれないのであるが・・・。
ヴァヴェル大聖堂を前にして
そしてヴァヴェル城の門を入って、すぐに左側に見えてくる大きな建物はヴァヴェル大聖堂だ。
今回は残念ながら中には入らずに外から見るだけでした。午後はクラクフ旧市街地でフリータイムが約1時間あるので、大聖堂に入りたければそのチャンスに行けばいいようだ。
ポーランドの過去の偉人達がこのヴァヴェル大聖堂内に埋葬されている。さっきのコシチュシュコやカジミェシュ3世やピウスツキーなど、名だたるメンバーが集う場所でもある。
こちらは既に説明不要なポーランドの英雄の1人。ただし彼の亡骸はここヴァヴェル大聖堂ではなく、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂の地下に葬られている。ちなみにポーランド出身の彼としては遺言で「死後はポーランドに埋葬して欲しい」としていたらしいが、それに反してカトリックの総本山に葬られる事になるのである。
そんなヨハネ・パウロ2世の想いを尊重してか、この彼が眠りたかったハズのヴァヴェル大聖堂前に銅像を設置したのだろうか?!
まあ死んでしまったら、どこに埋葬されようが本人は一緒なんだけどね。気にするのは周りの人間だけで、死ねば人生は終わりなのである。。
ちなみにポーランド人の苗字で一番多いのは「○○○スキー」という名前。これは形容詞の語尾を表していて、主に地名に由来する名前が多いようだ。例えばクラクフ出身者なら「クラコウスキー」となるそうだ、これはクラクフの〇〇というようだ。
ちなみに競馬が好きな人なら知っている「マルゼンスキー」は、馬主さんの屋号「丸善」を付けたものだけどスキーはひょっとしたらポーランドの人名に使われる、このスキーから来ているのかもしれない。
ポーランド人の苗字は約40万種類もあるらしく、外国人には覚えられない難解な苗字が多いという。ちなみに日本人は10万~30万種類もあるようだが、お隣韓国は約300種類らしい。
高台にあるヴァヴェル城の敷地内には、色んな建物がある。その中央に来ると、今まで色んなポーランドの当主達が訪れた場所だというのも思い知る。
中庭から見るヴァヴェル大聖堂。しかし改めて幸せな時代に生きれて、自分が幸せだと感じる。ましてや、王族や権力者でしか入れなかった場所に無料でこうやって入れている訳だし。
ヴァヴェル城内の景色 動画
世界遺産の街クラクフの中でも一番人気なヴァヴェル城。観光のピークでもある夏場には、とても混雑するこの広場は、もし夏場に来る事があれば長期戦を覚悟しておかなければいけないようだ。
ただ今回訪れたのは11月中旬。あまり混雑していなかったけど、旧王宮の中庭には入ったけどそれ以外は入らなかった。城の端っこにはドラゴンの像があって、そこが火を噴いていたり、塔の上に登ってみたりも出来るみたいだけど残念ながらそこには行かずじまい。。
こちらは祈りを捧げる場所?! ヴァヴェル大聖堂の柵から中を見てみたら、このような特殊そうなものが見えたけど。。
この様子はまた次回に続きます。
↓↓↓↓ポーランド旅行記:初回↓↓

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