夕暮れ時のカルヴァリア・ゼブジトフスカ教会訪問編-”ポーランド旅行記-28

ポーランド旅行記:4日目
阪急交通社ツアー「おひとり様参加限定:決定版ポーランド8日間」にて–2019年11月–

ポーランドにあるキリスト教の聖地

まだ15時過ぎなんだけど、すっかり夕暮れに近くなってきた景色のポーランド。11月17日だけど、だんだんヨーロッパは冬になってきているというのを実感できる景色である。

 

今日は午前中に世界遺産の教会を見学したけど、これから午後もまた別の世界遺産の教会を見学する。

 

カルヴァリアまで向かう道を車窓から 動画

 

これから向かうカルヴァリア・ゼブジトフスカという街は総人口が4000~5000人程の街なんだけども、ゴルゴタの丘に見立てた丘にエルサレムを真似た教会群を造り”ヨーロッパでのキリスト教の巡礼地”を再現した所、年間数万人も訪れる観光名所に変貌した街なのである。

 

約2000年前に誕生したキリスト教。その後4世紀頃にローマ帝王コンスタンティヌス1世の母親であり、熱心なキリスト教信者でもあった皇后ヘレナがエルサレムにキリストの墓や誕生した場所を特定し、そこに教会を造った。それ以降はエルサレムのその地を巡るのが、キリスト教徒にとってはとても重要な巡礼地となるのである。

しかし昔は今みたいに交通機関が発達していなく、当然の如く飛行機とかもなかったのでヨーロッパからイスラエルにあるエルサレムに行くのはそれこそとても大変な巡礼であった。途中で下手したら命を落とす人もいた位で、時間もお金もかかる巡礼。そんな大変なエルサレムへの巡礼を何とか近場で済ませる事が出来ないかと案じて、出来たのがこれから向かうカルヴァリア・ゼブジトフスカの宗教建築物群。

 

カルヴァリア・ゼブジトフスカに到着

バスでの長旅でやっと辿り着いた頃のは16時頃。まだ何とか辛うじて、空は明るさを保っていてくれている。

 

ただしカメラの撮り方によっては、このように夕焼けに焦点がフォーカスされ、すっかり暗さが忍び寄っている感じにも撮れてしまう時間帯。

 

右側にあるのが世界遺産登録にされている教会のようだ。

 

駐車場にはこのような看板が出ていたけど、全然読めない・・・。

 

早速教会に向かって進みますが、まずは正面から写真を撮る。

 

世界遺産の教会付近の様子 動画

 

すっかり夕暮れ時になってきている。というか、雲がとても夕焼けの感じを出していてオレンジ色している。

 

何とも幻想的な雲がボク達を出迎えてくれている・・・・という感じに勝手に解釈する。。

 

キリスト教徒にとっては、自分の信仰心を表す巡礼地の訪問という行動がとても大切みたい。しかし今では飛行機もあるから、遠いエルサレムの地に行こうと思えば昔よりは簡単に行けるけど、昔は野のような道を果てしなく歩くしか選択肢はなかった。

 

教会の右側にはホテルではなく、この教会の修道士が寝泊まりする施設が軒を連ねている。

 

教会に近づくと、ポーランドの英雄の像が見えてくる。

 

ポーランドの英雄で2005年に亡くなったパウロ2世の像。ポーランドではショパンと並ぶ、2大英雄である。彼は二十歳までに父親・母親・兄を亡くす事になる。しかしそれをバネにして、初代教皇を除くと歴代2位の教皇在位期間26年を誇った。

 

そんな長い教皇在任中に暗殺未遂があり、負傷したものの一命を取り留める。その後自分を暗殺しようとした実行犯が捕らえられている刑務所を訪れ、その暗殺者と面会し、彼の罪を許して祝福したという。心の大きな人間は自分の命を奪おうとした人間の事も許せるようだ。

ボクもそんな心が広い人間になりたい!と思います

1600年代に建てられた、こちらの教会。最初は個人的な巡礼の為に造ったものの、次々とポーランドの人達が訪れる場所になったという。現在では合計44個もの宗教建築物群がここに建てられているそうだ。

 

そんな教会の入口で出迎えてくれる12使途の人々。辺りが暗くなっているので、暗すぎて明るく像が写らない・・。

 

キリスト教の巡礼は、去年8月にエルサレムを訪れたのでそれなりに知識がある。エルサレムではキリストが十字架を背負って、歩いた道とされるヴィア・ドロローサを同じように辿って、キリストの最後の苦難を共にするのが巡礼道とされているのである。

 

こちらはこの建物ではなく、この周辺にあるものを含めて「 カルヴァリア・ゼブジドフスカ : マニエリスム建築と公園が織りなす景観及び巡礼公園」として2001年に世界文化遺産に登録された。

 

こちらはキリスト教徒ではなくても中に入れるので、こちらの正面横の入口から入って行きます。

 

教会の中に入る


中は写真撮影はOKだけど、一般的な教会と同じように

・フラッシュNG
・電話NG
・肌を露出する恰好NG
・男性は帽子着用NG

である。

まずはこちらの教会内部を見学する。特にこれといって、他の教会との違いはなさそうな感じ。

 

この教会に飾られていた、このキリスト磔像は意外とリアル。。足に打たれた釘は足の甲を交差させた上に1本だけ打たれていたようだ。

 

このポーランドでは今では人口の約98%がカトリック信者なんだそうだ。

 

世界遺産の教会ではあるものの、そろそろ大聖堂やら教会やらを見慣れてきたので、飽きが出てきている人もチラホラいてるハズ。

 

こちらの教会では珍しく、ヨハネパウロ2世が描かれた絵も飾られていた。それだけポーランド国内では人気がある存在なのである。

 

こちらは教会の祭壇。こんなゴルゴタの丘を真似て、教会などを造っただけで巡礼者がこれだけ来るとは当時の人達も思わなかっただろう。今では街の総人口を遥かに超える人達が巡礼に訪れる場所になってしまったのである。

 

しかしキリスト教に興味の無い人間からすると、ちょっと失礼な話だけど「ここでお参りしたからっていって、巡礼した事になるの??」と思ってしまう。

 

そらここを訪れる巡礼者の人達も本当はエルサレムのヴィア・ドロローサを訪れたいのだろうが、なかなかそこへ行くのには時間&お金が必要。したくてもみんなが出来る訳ではないので、とりあえずここで巡礼を済ませるのが第一歩という意味合いなんだろうな。

 

それにしても教会はこのように天井裏まで、ビッシリと絵が描かれていて、そんな光景には毎回見惚れてしまう。

 

まずは聖堂を見学し、それからは回廊を通って奥に進んで行きます。

 

左側は黒くなってしまった絵が飾られていて、年季を感じる廊下。

 

壁に飾られている、このような写真を見るとヨハネパウロ2世が本当にポーランド国民に愛されていたのがよく分かる。

 

日本人にはあまり馴染みの無い、ローマ教皇だけどヨーロッパでは雲の上の存在なのである。

 

ここは教会だけではなく、多くの礼拝堂や聖墳墓や最後の晩餐地やピラトの屋敷など、キリストを象徴する建物が造られているのである。それだけ多くの施設があるので、ヨーロッパの巡礼地として認識されているのである。

 

奥に進むと回廊が見えてきました。時間が遅いからか、あまり他に観光客の姿は見かけなかったけども。

 

こちらの記念碑は1940と文字があったけど、何なのか全然説明を聞いていなかった・・・すいません。。

 

そんな記念碑の説明を聞いている感じのツアー参加者さん達。だけど本気でその説明を聞いて、後日まで覚えている人っているのだろうか??

 

それよりもボクが興味深々で気になって、先に見ていたのがこちらのヴィア・ドロローサを真似た回廊。

 

この回廊にはヴィア・ドロローサでの13もの軌跡を描いた絵が飾られている。

 

こちらは聖母マリアの母親であるアンナが祀られているお墓もどき。

 

順番にヴィア・ドロローサでの軌跡を見ていきます。エルサレムに行った時に少しだけ、その内容を勉強したのでその経験がこういった場所で少しだけ活きます。

 

こちらの「Augustyn Chadam」というポーランド人はここで神父を勤めていた人物。この場所での現代的な受難道(ヴィア・ドロローサ)を創造したという事で、ここに記念碑が造られているようだ。

 

まずヴィア・ドロローサの始発点の第一ステーションである「イエス死刑判決をうける」の絵。当時のローマ帝国の提督であったピトラの屋敷で、ユダヤ教徒にそそのかされたピトラはキリストを死刑に処するのであった。

 

2番目は「イエス十字架を背負う」。死刑判決に処されたキリストはトゲトゲだらけの茨の冠を被せられて、自分が磔にされる十字架を担がされるのである。しかし皮肉にもこのキリストを処刑する十字架が、のちにキリスト教を象徴するものになるのである。

 

3番目は「イエス、倒れる」である。鞭打ち刑はまだされた事がないので分からないけど、死刑判決後に鞭打ちの刑に遭い、体力を消耗していたキリスト。しかもこの背負わされた十字架は推定50キロ以上はしたと思われている、とても重い物。当然の如く、途中で力尽きて倒れてしまうのである。

 

4番目は「母マリア、イエスを見る」で、群衆の中に紛れて磔場へ向かう我が子を見守るしか出来ない聖母マリア。親が死ぬより、子供が死ぬ方が辛いとよく耳にするけど、ここで奇跡は起こせなかったようだ。。

こんな様子はまた次回に続きます!

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