鹿児島の夜は黒豚のしゃぶしゃぶ食べ放題で満喫編-西郷どんと鹿児島周遊旅行記-9

【鹿児島周遊旅行記】2日目

【個人旅行】2019年10月13日~16日

 憧れの黒豚しゃぶしゃぶ!

鹿児島県出水郡長島町付近のちょっとした展望スポットから、沈みゆく太陽を眺めます。ただ最近新しく機種変更したスマホ:ギャラクシーS10で夕陽など明るい被写体を撮影すると、この写真の右側中央部分にある点のようなものが写り込みます。前のソニー製のカメラなど今までのカメラでは一切こういう現象が無かったのですが、ギャラクシーではこんな感じになってしまいます。

という事で今後の写真には同様な現象が現れますが、ご了承いただけますようお願いします。

 

こういった木が生えているだけで南国ムードがある。普段ボクは大阪に住んでいるので日本国内はこういった南国があるとは全然思っていなかったけど、鹿児島はエジプトの首都カイロと似たような緯度にあるので大阪に比べるとだいぶ南国なのである。

 

自然溢れてとても気持ちいい鹿児島県。のんびりとして時間を過ごせる事に幸せを感じる。

 

さっきの猫ちゃんはまだここでまったりとしている。可愛すぎて中々この場所を離れる事が出来ない・・・。

 

猫ちゃん側も「もっとマッサージして欲しいニャン!」という感じでスリ寄ってくる。しかし連れて帰る訳にはいかないので、断腸の思いでこの場所を後にする。

 

 再び夕陽を眺める

長島町から鹿児島市へ帰る途中、少し車を走らせた所でまた夕陽がよく見えるポイントがあったので西郷どんに無理言ってまたここでも車を停めてもらい、夕陽を眺める事にする。

 

毎日必ず暮れる太陽だけど、こうやって何故か見てしまう。

太陽さん、また明日お会いしましょう!

橋を渡る様子 動画

 

夕焼けにそびえ立つ南国風の木々。本来なら車を降りてゆっくりと写真を撮りたい場面だったけど、2回も休憩を挟んでいたし停まれるような場所もなかったので車内からの写真で我慢する。

 

ぼんやりと夕焼けを助手席で見ながら、今日の朝借りたジャズのCDを聞きながら西郷どんの運転する車で鹿児島市内へ向かう。

 

 鹿児島市内での夜は?!

ホテルへ戻り、車を家に置いてきた西郷どんと20時半に再度合流する。ここは「母と子の群像」と呼ばれる2対の像が橋のランタンに設置されている。こちら側は子供の方。

 

この川は甲突川、そして奥に架かるのは西田橋。それにしても新しく買い替えたスマホのギャラクシーS10のナイトモードは夜景がとても明るく撮れる!今までの写真に比べると、明らかに変な加工をしたかのように明るい。。

 

そしてこの今歩いている高見橋の袂には大久保利通の像が置かれている。明治維新の立役者の一人でもある大久保利通、その没後100周年を記念して昭和54年に作成されたもの。昭和54年というとボクが生まれた年でもある。

 

学生時代あまり勉強していなかったし、この大久保利通が生きていた幕末時代の歴史には全然興味がなかったのでこの大久保利通が何をした人なのかは全く知らなかった。

ちょっと調べてみると岩倉使節団で当時は簡単には行けなかった欧米諸国を訪れて、その先端技術などに感銘を受けたという。やはり自分で違う世界に行ってみて、そこの現状を自分の目で見る事の重要性を改めて思い知る。

 

こちらは鹿児島市内の通りに置かれていた銅像。1863年の出来事を表しているようだ。そんなメンバーにしれっと仲間入りしていた西郷どん

 

こちらは1863年に起こった薩英戦争という薩摩藩とイギリス軍との戦いの記念碑的なもの。その戦いの発端となったのは前年の1862年で、横浜港付近で起こった生麦事件と呼ばれる薩摩藩の行列を乱したとしてイギリス人を1人殺傷2人重傷にした事件。

 

その後政府には賠償金を貰ったものの、さらに薩摩藩にも賠償を求めたイギリスに対して薩摩藩は拒否。そして薩摩藩とイギリスとの戦争に突入するのである。当時最強と言われていたイギリス海軍の攻撃を耐え切った薩摩藩。

この侍さんはそんな鹿児島湾に押し寄せたイギリス海軍の船隊を見て、ビックリして「大変だ~~大変だ~~!」と街中を駆け回ったかのように見える像となっている。

 

お次は1858年に徳川幕府の大老に井伊直弼が就任した時のもの。その後将軍の跡継ぎ問題が薩摩藩にも飛び火し、当時はまだ若手だった黒田清隆(その後2代目内閣総理大臣になる)や樺山資紀(第3代警視総監や文部大臣、初代台湾総督などを歴任)らが日本の未来の行く末について熱く討論したという。

 

「あ~~、スイマセン、もう少し大きな声で言ってもらってもいいですか??ちょっと交通量が多い通りなので、あまり聞き取れなくて・・・」という感じの男がさりげなく入っているが。。

 

こちらはパリで絵画の勉強をして帰ってきた、元東京藝術大学の教員となった黒田清輝が桜島の噴火の様子を描いたというレリーフ。この通りを歩くと鹿児島の歴史を勉強できる。

 

鹿児島の歴史を勉強するのもいいけど、鹿児島県民との触れ合いも重要である。こちらの「文化通り」の先にはキャバクラとかがそこそこある場所なんだとか。

 

その横の道路に面した場所では、新しい建物を建設中だった。その敷地からするとかなり大きな施設が建てられるようだ。

 

こちらの通りは「天文館」と呼ばれていて、鹿児島市内の夜は賑わう場所なんだとか。

 

そんな通りの反対側のアーケードを進んで行く。まだ夜遅くないのにあまりお店が空いていない。居酒屋とか飲み屋はあまりこのアーケード内には入っていなかったからかな?!

 

  「しゃぶ禅」で黒豚しゃぶしゃぶを食す

西郷どんから「今日は黒豚のしゃぶしゃぶを食べましょう!」と言ってくれて、連れてきてくれたのはこちらのお店。


【しゃぶ禅 鹿児島店】

住所:〒892-0842 鹿児島県鹿児島市東千石町5-12 CUBEビル2F
TEL:099-221-6333


 

雑居ビルの2階に上がると、すぐにお店があった。この2階フロアは全部しゃぶ禅の敷地のようだ。

 

日曜日の21時頃に予約無しで入るも、問題なく入れた。早速メニューを確認する西郷どん

 

最初はきびなごorカンパチが付いている【鹿児島郷土料理と鹿児島黒豚しゃぶしゃぶ】を頼もうとしたが魚が売り切れとなっていたので、やむなく【鹿児島黒豚・牛しゃぶ食べ放題】とアルコール飲み放題を頼む。120分間、お肉、ごはん、野菜など食べ放題である。

 

ここで飲み放題で頼んだビールはサッポロビール。車を置いてきた西郷どんはやっとアルコールが飲めて、嬉しそうな顔をしている。

 

「鹿児島名物の美味しい黒豚をたっぷりと味わって下さいよ!」と、今回はホスト役に徹する西郷どん。少々ドヤ顔をしていたような・・・それだけ黒豚のしゃぶしゃぶが美味しくて自信があるのだろう。

 

こちらは黒豚のしゃぶしゃぶのお皿。結構入ってそうに見えるけど、食べ出すとあっという間に無くなる。

 

こちらは普通の牛しゃぶ用の肉。お値段が上がるコースには国産牛や黒牛などのコースがあったので、この牛肉は輸入ものだったのだろう。

 

ボクは面倒くさがりというか、あまり人間が出来ていないのでこういったように鍋の段取りをやってくれる人間がいるととても助かる。西郷どんは嬉しそうに「ドンドン食べて下さいよ!」と言ってくる。

 

お肉の食べ放題で沢山食べたい人はご飯はまずは注文しないけど、いい歳になったボクは美味しい料理にはご飯が無いと我慢できないのでご飯を注文。ただそれが祟ってか、後でお腹がパンパンの破裂状態になるのであったが。。

 

しゃぶしゃぶは普段あまり食べないだけに、久々に食べるので楽しみである。それと共に飲み放題なので、お酒が止まらなくなりそう・・(笑)。

 

そしてタレには定番のポン酢とゴマだれ、そしてしゃぶ禅ではもう一種めんつゆが出てくる。

それとこの「しゃぶ禅」さんは全国に18店舗程展開するチェーン店のようだ。それにしては店員さんはこちらが喋りかけると愛想よく対応してくれた。

 

牛肉と黒豚を食べ比べると、断然黒豚の方が美味しかった。その違いは雲泥の差だった。ただ牛肉は恐らく輸入品だったので、ランクが上がる国産や国産黒牛だともっと美味しかったのだろうが。

 

食べる気満々の西郷どんは黒豚が載っているお皿が空くと「これ位楽勝ですよ!ドンドン食べて下さいよ!」と言いながら、次々にお代わりを頼んでいた。

 

このお店では3種類のタレを用意してくれたが、このタレが一番美味しかった。しゃぶ禅の口コミを見ると、訪れた事のある人達も同様にこのタレが一番美味しかったと書かれていた。

ただ大食漢ではないボク、更にご飯とアルコールも入っているのでそろそろお腹がパンパンになってきた。それにも関わらず西郷どんは次々に黒豚のお代わりを頼む・・・「全部本当に食べれるのか??」と思うと「2皿の内、1皿は食べてください!」と言われてお腹いっぱいのボクの前には暗雲が立ち込める・・。

お腹が空いている時は何でも美味しく思えるけど、お腹が一杯になってくると美味しいものも美味しく思えないようになる。。

 

しゃぶしゃぶ食べ放題を堪能する 動画

 

途中から芋焼酎にスイッチ。ビールばかりだとお腹に溜まって、量が食べれなくなるので・・・。

大阪人はお酒が入っていい気分になってくると、店員さんに絡む。大阪人のボクも勿論店員さんが料理を持ってくる度に絡んだけど(お話をする程度です・・)、しゃぶ禅の店員さん達は笑顔で対応してくれてボクの冗談にも驚かずにノッてくれたりもしてくれました!

食べ終わった感想からすると「黒豚、美味しい~~!」である。これなら牛肉は最初から要らなかったなと。

ちなみに会計の時に「ここはちゃんと払わせてくださいバイ!」という感じで、ボクを見張る西郷どん。というのも今日の昼食時に西郷どんがトイレに入っている際に2人分の料金をさっと支払っていたのだが”義理堅く恩義を忘れない”鹿児島県民だけあって、あまり奢られるのは借りを作ったようで嫌だったのかな?!

 

  鹿児島市内をふらつく!

既にお腹は一杯、アルコールもすっかり沢山飲んで、出来上がってしまったボクら2人組。2軒目はちょっとシンドイという事で、近くに西郷どんの銅像があるらしく徒歩で向かう事にした。

酔っ払っている時に歴史的な事件のこんな像を見ても

左の像「先輩っ!2軒目行きましょうよ!」
右の像「ダメだって!オレ明日早くから仕事あるんだから」
左の像「い~~じゃないですか、一杯だけですから~!」
右の像「う~~ん、じゃあお前の奢りならイイヨ!」
左の像「意外とセコいっすね、先輩・・・」

という感じの絡みにしか見えないような・・。

 

そして西郷どんの銅像に辿り着く。けど「えっ、これが西郷どんの銅像?!」と思わず口に出てしまう。。それにもうちょっと近いと写真を撮り易いんだけど、中途半端に遠い距離に置かれている西郷隆盛の像。

ちなみにこの辺りは交通量が多くて、中々車を停めれない場所なので普段は西郷隆盛の像を眺める事は殆ど無いそうだ。

 

そんな見にくい西郷隆盛の像を上から見下ろせるカフェが、隣のビルの5階でちゃっかりと営業していた。

 

そして2人でワーワー言いながら、帰り道を歩いていると「鹿児島中央高等学院」を発見する。

 

すると西郷どんが「ココ、俺の母校なんすよ!懐かし~~!」と言い出す。

 

西郷どんは高校時代にはバレーボール部に入っていたそうで、それもあってかバレーボールには結構詳しかった。

 

その後、さっき見た大久保利通の像が設置されていた通りの川沿いにある公園に立ち寄る。大久保利通は西南戦争で鹿児島とその英雄的存在である西郷隆盛を敵に回したとして、地元では冷ややかな目で見られていた。その影響もあってここに像が造られたのも没後100年という時期になったという。

 

そんな大久保利通の名言。

彼は彼、我は我でいこうよ

 by 大久保利通

 

そして、こちらは西郷隆盛が死亡という連絡を聞いた時に発した言葉とされる。

おはんの死と共に、新しか日本が生まれる。強か日本が・・・

 by 大久保利通

 

親友と対峙してでも日本の行く末を案じ、自分の信じる事を貫いた人物であったのだろう。

 

鹿児島旅3日目の様子はまた次回に続きます!

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