エルサレムの丘でイスラム教3番目の聖地”岩のドーム”の前に立つ-イスラエル&ヨルダン旅行記36

【神秘のペトラ遺跡&死海&聖地エルサレム巡礼旅】6日目

【1人参加旅ツアー・阪急交通社(トラピックス)】2019年8月23日~30日

 昇天した場所?!

ここはエルサレム旧市街地にある、約2000年前にはエルサレム神殿があった場所の「神殿の丘」という場所に来ています。

 

 神殿の丘にて

こちらは8世紀に建てられたイスラム寺院の「アル・アクサー寺院(モスク)」。こちらのモスクは十字軍が”キリスト教の聖地エルサレム”を奪還に成功した後、1119年エルサレムを護る為に結成されたテンプル騎士団が当時のエルサレム王国のボードゥアン2世により拠点として与えられた建物だという。テンプル騎士団と言えば中世の頃に名声と巨額の富を築いた騎士団ではあるが、エルサレムを再びイスラム勢力に奪還され、更には14世紀初頭にフランス王フィリップス4世に虚偽の罪をなすりつけられ解体されてしまうのである。

しかしテンプル騎士団が所有していた莫大な資産などは、別の騎士団に移管されてその当時の記録もなく、”中世の徳川埋蔵金”のようにヨーロッパでは神秘的な存在に今でも思われている。またここエルサレム神殿があった場所に拠点があった為に行方不明になった聖杯やアーク(聖櫃)などを発見し、世界のどこかに隠しているという伝説もある。映画『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』では、そんな騎士団が聖杯をペトラ遺跡のエルハズネ神殿の奥に隠していたというストーリーになっているのである。ちなみにペトラ遺跡のエルハズネ(宝物庫)の内部は壁を削っただけの装飾で玄関だけしかなく、映画のように神殿の奥に通じる道などは無いのであるが。。

 

 

しかし建てられた時の原形はほとんどなく、その後何回にも渡って崩壊と再建を繰り返したようだ。ここはイスラムの寺院なのでイスラム教徒以外は入る事が出来ない。このアル・アクサー寺院(モスク)はイスラム教徒が初めてメッカの方向を向いてお祈りした場所とされる。

 

このアル・アクサー寺院では2019年4月19日にフランスにあるノートルダム大聖堂が火災に包まれた日に、同じようにこの場所でもちょっとした火災が起きたそうだ。イスラム教にとっては3番目の聖地であるこの神殿の丘であるが、ユダヤ人にとっては一番重要な聖地でもある。そしてこのイスラエルという国はユダヤ人の為の国であり、過激派ユダヤ人がこの聖地を奪回しようとした動きが見られるようだ。

 

ここから見える金色の屋根が特徴的なイスラム教の聖地”岩のドーム”も、ユダヤ人過激派のターゲットになっているようだ。ひょっとしたら数年後にはこの歴史的な場所も破壊されてしまう可能性も無きにしも非ずである。

 

最近日傘を差す男子が増えていると聞くけど、この8月の真夏のエルサレムでその日傘の有難味を身に染みて感じた。こんな単純なアイテムで全然暑さが変わるのである。何も無ければ強烈な日差しが肌を焼くかの如く、攻め降りてくるがこの日傘があればその攻撃をものの見事に防ぐ事が出来るのである!

 

この神殿の丘は、いびつな丘の上に約2000年前に建設が得意であったヘロデ王時代に土台が建てられた。その設計の技術は特筆すべきものだそうだ。

 

この土台の石はどれぐらい前のものかは分からないが、幾度の戦場となったこのエルサレムで多くの血が流れて、それを浴びてきたのだろう。

 

この場所は特に世界から観光客の集まる場所で、大勢の人だかりとなっていた。ペトラ遺跡でもそうだったが、暑い真夏の8月だっただけに他の観光に適したシーズンに比べるとそこまでの人が居なかったので、逆にこのとても暑い時期に来たメリットがあった。

 

こちらはモスク付近でよく見かける、イスラム教徒が体を清める為の噴水。ここでは360度、どこの方向にも座れる椅子と蛇口が設置されていた。

 

イスラム教では1日5回もお祈りする必要があり、その度にお祈りする前に体を清める必要がある。そのお清めも片腕毎に3回ほど洗って、今度は反対側も洗い、他の色んな部位も洗う必要があるのでお祈りする準備だけでも大変に感じる作業である。

 

 岩のドームとご対面!

そして岩のドームが目前に迫ってきました。現在はイスラム教でムハンマドが昇天した場所として聖地になっている場所ですが、ユダヤ人にとっても重要な場所なのです。このドーム内には「聖なる岩」と呼ばれる岩があるが、この岩の上でアブラハムが一人息子イサクを神の為に生贄にしようとして捧げた場所ともされている。


by『THE HOLY LAND-YESTERDAY AND TODAY』DAVID ROBERTS-VMB PUBLISHERS

こちらは画家のデヴィッド・ロバーツが1839年にエルサレムを描いたものである。その当時は岩のドームの黄金に輝く屋根はそこまで光輝いていなかったようだ。。


 

現在の黄金に輝く屋根は1960年の改修工事の際に、金メッキされたアルミ板に変えられたようだ。

 

イスラム教では神は人間にモーセとキリストという預言者を送り込んで、ユダヤ教とキリスト教という宗教が誕生したが神の意図が正しく伝わらなかった為に、3番目で最後の預言者であるムハンマドを送り込んで正しく神の意図を伝えるイスラム教が誕生したとされている。

 

この岩のドームもムハンマドが昇天した場所とされているが、元々はムハンマドがアラーに連れられてメッカからメディナまで旅したという内容だったのを後のウマイヤ朝がメディナをこのエルサレムの地に変更したらしい。

 

そしてムハンマドはこの地から天に向けて昇天し、天国を視察した後はメッカに戻ったのだとか。このドーム内には「聖なる岩」があり、そこにはムハンマドの足跡やムハンマドと一緒に天に登ろうとしていたその岩を押し止めた大天使ガブリエルの手形もあるという伝説もある。

 

そんな話もその宗教には全然興味の無い人間からすると、眉唾話というか、時の権力者の空想話にしか思えない・・・・。

 

 岩のドーム周辺の景色 動画

 

この岩のドームも近くで見ると、イズニックタイルがとても美しい建物である。オスマン・トルコ帝国時代にこちらもスレイマン1世の指示によりこのような外装に改修されたのである。

 

そんな綺麗な装飾の岩のドームの前で、女性陣と記念写真を撮っていて嬉しそうな顔をしている”佐野史郎似オジサン”。ルー大柴のようなカタカナ言葉をよく喋り、ある食事の時に「俺はツーにしたんだよ!」と言っていて、何の事か分からなかったがよ~~く話を聞いていると”枕チップを2ドル置いた”という表現の「ツー」でした。。

 

さっき前にいた外人旅行者団体を真似て、同じツアー参加者さん達を呼び寄せて岩のドーム前で記念撮影を行う。今回のメンバーはこの18人、老若男女集まったメンバーでした。

添乗員さんに写真を撮ってもらったけど、みんな「私のカメラでも撮ってください!」と次々とカメラを添乗員さんに差しだしていたので大忙しの添乗員さんでありました!

 

美しい装飾に目覚めたオスマントルコ時代に改修されたタイルだけあって、美しい建物となった岩のドーム。

 

そんなタイルを間近で見ると、その細かさにも驚く。。

この素晴らしさは現地に行って間近で見てみるべきものである!

ビザンチン時代の影響か、このようなアーチ状の柱跡も残っている。本当はこれが周囲を張り巡っていたのかな?!

 

そんな美しい岩のドームのイズニック・タイルと調和して景色に溶け込んでいるかのようにも見える男。天から差し込む光も何気に神秘的にも見える。。

 

ただ残念ながら岩のドームはイスラム教の建物なので、イスラム教徒しか入場できないので異教徒は入場禁止・・・。出来れば中にある「聖なる岩」を見てみたかった。。

 

エルサレムの旧市街地の中でも、歴史的に重要な場所であるこの”神殿の丘”。約2000年前にヘロデ王が造ったこの土台は今でも残っているので、それだけ素晴らしい設計・建築だった事が分かる。ヘロデ王といえば、幼子だった救世主キリストを殺す為にベツレヘムの2歳以下の乳児を皆殺しにした事でも有名であるが、それと同じぐらいに建築技術についても有名なのである。

 

そんな岩のドームをバックにお姉様方と記念撮影。こうやって写真を見ると、岩のドームのタイル装飾のキレイさが目立っている。勿論お姉様方もキレイですが・・・。

 

岩のドームは中には入れないので、そろそろ出口の方に向かいます。

 

イスラム教徒の聖地でもある場所なのだが、全然イスラム教徒らしき恰好をした人は見かけなかった。

 

さすがに聖地でもあるのでキレイに掃除されているようで、全然ゴミが落ちていなかった。

 

この神殿の丘もイスラム教徒以外は岩のドームやアル・アクサー寺院に入れないので、滞在時間もそこまで長くないようだ。

 

こちらには蓋をされた井戸があった。城壁で囲んだエルサレムでは水資源の確保も重要だった。

 

イスラム教の体を清める噴水周りは立ち入りが出来ないように、柵で覆われている。

 

このエルサレムも古代より多くの侵略を受けた都市である。ただしエルサレムは水資源が乏しく、また他の資源にも恵まれていない魅力の少ない都市でもあった。

 

なのでナポレオンのエジプト遠征時にも通り道近くの都市というだけで、少数の兵を送られただけにしか過ぎない扱いであった。

 

このエルサレム神殿のあった場所で、ユダヤ人は何度か神殿を再建しようとした過去があったが実現されなかった。ただユダヤ人過激派によると、この岩のドームを破壊してそこに神殿を再建するという考えの人もいるらしい。。

 

そんな2つの宗教の聖地である”神殿の丘”を満喫する男。

今回の旅行は世界の宗教を勉強する、いいキッカケになりました!

 

出口から外に出て、旧市街地の細い路地を進んで行く。

 

その路地にはあまり商店はなく、閑散とした感じであった。

 

こんな狭い道でもトラクターのような乗り物が走っていたので、ちゃんと前を向いていないと危ないのである。

 

今は21世紀なので、ちゃんとこんな路地にも防犯カメラが設置されている。

 

お店か家の扉にこのような可愛らしい落書きが描かれていた。エルサレムチックな絵である。

 

この8月という暑い時期なので、ドリンクやフルーツジュースを販売している店をよく見かけた。

 

そしてこの階段を降りていく先には「嘆きの壁」への入口があるようだ。

 

こんな細い路地の先に嘆きの壁に入る入口が見えてきます。先にユダヤ人の聖地である”神殿の丘”を訪れた後は、エルサレム神殿の城壁跡が残る”嘆きの壁”を見学しに行きます。

その様子はまた次回に続きます!

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