サラエボの旧市街はオスマントルコやハプスブルク家の雰囲気が混じった街-バルカン半島旅行記38

【バルカン半島周遊6ヶ国】6日目

【1人参加旅ツアー・阪急交通社(トラピックス)】2019年5~6月

旧市街地は・・?!

5ヶ国目のボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエボで、こちらのレストランに入って昼食を頂きます。

 

 昼食を食べる!

門をくぐって2階に登ります。

 

1階にはトイレがあるので、先に済ませておきます。

 

2階に登った場所からは、屋根と煙突しか見えません。。

 

こちらの部屋の中央に置かれている長テーブルと奥の丸テーブルが、我々の団体用の席。

 

1人参加旅だと、席順は関係ないので各自思い思いの席に座ります。こういう時は男女それぞれ集まって座りガチですが、交流を深める為にもそこに割って入って座るのが楽しいのです。

 

前菜はこちらのモッチリとした食べ物。マヨネーズのようなものを付けて食べます。

 

昼食時にも、勿論ビール!1本3€なり。

 

美味しくもないし、不味くもないしといった感じの料理。

 

この部屋は我々の独占。

 

ツアーも後半となると参加者同士が打ち溶けてきて、話が弾む頃合い。対面の奥様はピースボート世界一周クルーズ旅を3回も行った事がある強者。色々と話してみると、皆さん人生経験豊富で話を聞いているだけで楽しい。

 

奥に座るピースする奥様2人も、このメンバーに入ると”若手”に??

 

先程見たラテン橋の風景画だろうか??

 

本日のメイン料理は、ピザ生地とオニオンを絡めたお肉。

 

トルコ風の旧市街地だけあって、当地のケバブ料理。

普通にこのお肉は美味しかった!

デザートはチョコレートのケーキ。勿論甘かったね。。

 

 食後、再びサラエボを観光

さて美味しい昼食を頂き、トイレも済ませて再びサラエボの街を観光します。

 

昼時なので沢山の人が行き交っています。

 

こちらで現地ガイドさんと合流して、先程通った赤レンガの建物を進みます。

 

こちらは元大衆浴場のハマムを利用した建物。

 

その横には大きなホテルが建っています。旧市街地にこれだけの大きなホテルが建つとなると、その建設の時に反対運動が起こったのかな。

 

こちらの通りはヨーロピアンな感じがする洒落た街並み。

 

元々オスマン帝国が支配していた地域ではあったが、19世紀後半になるとオスマン帝国の支配力が低下し、オーストリアが支配権を勝ち取る。そしてボスニアとヘルツェゴヴィナを併合し街にはオーストリアの名門ハプスブルク家ゆかりの建物が次々と建てられるようになる。

 

そういう意味では旧市街地ではあるものの、このハプスブルク様式の建物の方がトルコ風建物よりも新しいのである。

 

 サラエボの街並みの景色 動画

 

こちらの通りの奥に見えるのは「イエスの聖心大聖堂」と呼ばれる、この国で最大のカトリック教会の大聖堂である。1889年の完成した建物。

 

さっきまではトルコ風な建物ばかりだったのに、この辺は全然そんな匂いすら感じさせない街並み。

 

そしてこちらの建物は「生神女誕生大聖堂」 と呼ばれるセルビア正教の大聖堂であり、バルカン半島でも最大級の大聖堂。

 

こちらの大聖堂は生神女(聖マリア)の誕生を記念して、建てられた。

 

そんな建物の横にある売店。清涼飲料水の広告とコラボしている売店で、そのデザインが何気に目立つ。

 

この周辺のマップ。色んな建物が凝縮して建っている地区。

 

4Dの映画は見た事があるが、”7D”ってどんな感じなんだろうか???

 

カトリックの大聖堂があったり、セルビア正教の大聖堂があったり、イスラム教のモスクがあったりと色んな宗教が混在するサラエボの街。

 

こちらの公衆ベンチは、座る所の裏側が広告になっている。あまりこういったベンチは見る機会がない。ちなみにこの座る部分を回転させてみたら、辺りに蝿が飛び散って行った・・・。

 

こちらの像は「メシャ・セリモヴィッチ(mesa selimovic)」の像。上に鳩が乗って、汚い感じになっているのであまり威厳を感じない・・・。このボスニア・ヘルツェゴヴィナで生まれた、この国を代表する作家さんのようです。

 

その脇で大きなチェスに興じむ人達の姿が見られる。日本の公園で将棋盤を囲むオジサン達の姿と似たようなものか。

 

同じような大聖堂も、カトリックやセルビア正教と色々と宗派があってややこしいヨーロッパ。起源は同じキリストだが、その後の枝分かれが多すぎる。。

 

セルビア正教の大聖堂の門。

 

そして再び街歩き。

 

こうしたオーストリア・ハンガリー帝国時代の建物を見て、歩くだけでも楽しい。

 

こちらはそんな建物のデザインでホテルになっている。

 

こんなバーでくつろぐのも良さそう。ただし本日のホテルはこんな街中ではなく、郊外のホテル。なのでこんな街の夜を歩き回る事も出来ないので残念ではある。。

 

何気に真紅のフェラーリが止まっている。ヨーロッパなどの路駐している車は、前後の隙間が無ければバンパーを当てて隙間を作るらしいが流石にフェラーリ相手にはしないだろう。

 

黙々と歩くツアー参加者さん達をちょっと下側から見つめる。

 

こちらはハマム跡を改修したお店が入っている建物。

 

先程も通った道を歩きます。

 

そしてこの街、一番の名所というか歴史的な場所に再びやってきました。先程こちらの建物の前を通る時に何も添乗員さんから説明が無かったのは現地ガイドさんが居なかったから。現地ガイドさん無しで現地の説明をしてしまうと、捕まってしまう可能性があるのであえて説明しなかったようです。

 

こちらの建物前で1914年にオーストリア皇太子夫婦がセルビア青年団により暗殺された。

 

そんな場所をしみじみと見学するツアー参加者一同。

 

その時の事が書かれているレリーフが壁に埋め込まれている。

 

このバルカン半島でセルビア人は色んな紛争の体験者となっている。ある場所では悪者扱いされているが、決してセルビア人が悪い訳ではない。争いの歴史が人類の歴史なのである。人類から争いは無くならない。

 

こちらは現地ガイドさん。勿論日本語が喋れないので添乗員さんが通訳してくれます。この添乗員さんはアメリカに留学していた事があるので、いい発音をしていてカリフォルニアの事を「キャリフォルニア」と言っていましたね!

 

日本食の店はあまり見ないけど、中華料理店はそこそこ見かける。

 

この様子は次回に続きます!

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