コインブラでグリーンワインから、トマールのキリスト修道院に向かう-ポルトガル旅行記26

ポルトガル旅行記:4日目

阪急交通社ツアー「お1人様参加限定:決定版ポルトガル8日間」-2020年1月13~20日

”グリーン”というワインの正体は?!

ここはコインブラの街で”下手の街”とも呼ばれる場所。ここで昼食まで少しだけのフリータイム中で、もうちょっと近くにあるお店の中を見てみる事に。

 

コインブラの街で

こちらの雑貨屋さん、なかなか可愛らしい雑貨品が置かれていて、いかにもポルトガルらしい雰囲気が出ていた。

 

このコインブラの街でもファドが人気なので、それにあやかってか、このようにギターの置物なども色々と置かれている。

 

こちらの鳥の置物はポルトガルではよくお土産屋で見かけるもので、こちらの国では「奇跡と幸運をもたらす鳥」とされているのである。

 

ただこの店ではそれらの普通のバージョンと共に、帽子を被った「フェルナンド・ペソア(Fernando Pessoa)」という20世紀を代表する詩人バージョンの置物もありました。

 

コインブラの街のお土産物屋さんでよく見かけた、「フェルナンド・ペソア(Fernando Pessoa)」という20世紀を代表する詩人がモチーフの置物

この帽子を被っているオジサンがその人フェルナンド・ペソアですね。鳥や魚もそんな詩人ペソアさんの恰好をしているようです。

 

どうしてもお土産屋さんに入ると、コースターに目が行ってしまう・・・。こちらではお洒落な柄の、コースターのようなトレイが置かれていて、思わず欲しくなってしまう。。

 

こちらにはコインブラ大学生の代名詞でもあるガウン姿の置物や、さっき坂を降りていく途中に横に座って一緒に記念撮影をした壺を持ったお姉さんの置物まである。

 

こちらではアコーディオンで音楽を奏でるお兄ちゃん、そしてその目の前にはこんな可愛らしいワンちゃんがけなげにコップを咥えています。そしてチップをこのカップの中に入れようとするけど、このワンちゃんは興味無いようで全然入れさせてくれませんでした・・・それを見かねたお兄ちゃんが演奏の手を止めて、ワンちゃんに「チップはちゃんと貰いなさい!」と仕草で伝えていましたね。。

 

 

コインブラで昼食を!

そんなお土産店での買いたくなる気持ちを何とか我慢した後は、いよいよ昼食を食べにこちらのレストランに入って行きます。

 

 

 

こちらのレストランはカフェも兼ねているので、1階のカウンターには沢山お菓子も置かれていて、それに反応する奥様方。。

 

2階に通されると、見晴らしのいい窓付近の席は空いてなかったので、こちらに座ります。

 

まずはテーブルの上に置かれていた、こちらのパン。何かちょっとオリーブオイルのようなのが既に掛けられていましたね。

 

こちらはコロッケのようなもの。ちなみに1人分ではなく、数人でシェアするようです。

 

窓からはこのように、さっきの通りが眼下に見えます。

 

人によっては奥の席に入ってしまうと、自由にトイレが行けなくて気を使うので、あえてトイレに行き易い席を取ったりと考え方は様々である。

 

ここのレストラン、アルコールが比較的安かったので今回は白と赤とそれと”グリーン”というワインがあったのでそれを興味本位でチョイスしてみた。

 

コインブラのレストランで飲んだ、ポルトガル名物の「グリーンワイン」と生ビール

そんなグリーンのワインと共に、勿論ビールも飲みますけどね!

ちなみにそれぞれ2€で、2杯合わせても合計4€とお手軽な値段である。ちなみにこのグリーン・ワインはこちらではヴィーニョ・ヴェルデ(Vinho Verde)と呼ばれるもので、イメージ的には微発泡の白ワインといった感じです。完熟前の葡萄を早摘みして発泡性がある為に、その分アルコール度数が少なめで飲みやすいみたい。

 

そしてコロッケもどきを食べます。コロッケの味とは程遠く、ボチボチといった感じでしたね。

 

さて今日のレストランでも、店員のオジサンさんがスープを注ぎに来てくれます。

 

こちらは野菜が入ったスープで、そこそこ美味しかったと思う。

 

スープを注ぎ終わると、今度はメイン料理を配りに来たオジサン。大きなトレイを抱えてします。

 

今回のメイン料理はイモと肉と貝なのですが、こうやって配っていたので貝が入る個数が個人差が出ました。

しかし、ある面白い奥様は「私のは貝が少ない!」と文句を言っていましたが・・・

 

ただ貝が何個か入っていたけども肝心の身が殻に付いていなかった・・・。料理中炒められている時に身が外れて、料理の中に混ざっているようでした。。

 

貝は別として、なかなか美味しく食べさせて頂きました。

 

最後のデザートはご覧のように、見るからに甘そうなケーキ。1/4だけ食べる事に。。

 

そしてパックツアーでの食事時には恒例の、食後のドリンク代集金です。今回はビールとグリーン・ワインを頼んだにも関わらず、昨晩夕食時のビール6€よりも安く合計4€でしたね。

 

食後、お店の前のテーブルでくつろぐ”オジサン4兄弟”の姿が見える。今回も男性陣にはタバコを吸う人は居なかった。最近ではタバコを吸う人はツアーに1~2人位しか見かけない。

 

ここを訪れた時は1月だったので、あまり賑わない街並みだけど夏場とかになると多くの観光客で溢れるんだろうな。

 

大学の街だけどそんな雰囲気はあまり感じない街並みでした。今は大学生も冬休みだったのかな?!

 

さて昼間から相変わらずアルコールが入って、気分良くなってきました。でもただ椅子に座って出発を待つだけというのもあまり面白くないので、お店の近くをちょっとだけ散策してみます。

 

この奥に進むと”5月8日広場”と呼ばれる広場があり、そこにはサンタ・クルス修道院という12世紀にアフォンソ1世によって建てられた歴史的な建物もある。

 

こちらはサンティアゴ教会という13世紀初め頃に建てられたもので、ご覧のように装飾が少ないロマネスク様式の建物だ。ただ今は閉まっているようだが。

 

さてバスに乗り込み、次も世界遺産の建物がある場所に向かいます。

 


次の目的地はコインブラからバスで約1時間の距離にあります。

 

 

トマールのキリスト修道院にて

コインブラから約80km南に南下した所にある街:トマール(Tomar)にやってきました。全長約66kmのナバン川(Nabão)の両岸にある街です。この壁の先に見える、古そうな建物がこれから見学する場所です。

 

近くの駐車場でバスを降りて、徒歩で入口に向かいます。

 

すると入口には観光客団体を見かけます。そして珍しく日本語を喋る団体でした・・・というか、日本人のツアーでした。しかもJTBのツアーでしたが、何と同じJTBの別のツアーも一緒でJTB2団体と同時刻の見学で鉢合わせしてしまいましたね。。

 

さてこれから見学するのは、1983年に世界遺産の文化遺産に登録された「トマールのキリスト教修道院」。1119年に創設された”テンプル騎士団”が本拠地とした砦&大聖堂の跡である。14世紀初頭に解体されたテンプル騎士団に変わり、その後創設されたキリスト騎士団に引き継がれていった。

 

先に城内に入って行ったJTB2団体に加えて、我々の日本人団体がやって来る。瞬間的に日本人の人口密度が急に高くなったキリスト修道院であった。

 

キリスト騎士団の団長にはそれぞれの時代の国王が迎えられていて、ポルトガルを大航海時代に導いたエンリケ航海王子の時代には大幅に建物が増築された。

 

さて門の前ではまだJTBのもう1つの団体が、現地ガイドさんからの説明を受けている最中のようです。ちなみにこちらのツアーはJTB旅物語でポルトガル7日間のツアーだそうだ。ある奥様はバスに戻った後にすぐこのJTBのツアーを調べて「あ~~このツアー、結構安いわ~~!」とか言ってしましたね。。

 

テンプル騎士団っていうと、トムハンクス主演の映画「ダ・ヴィンチ・コード」でその存在が出てきていたのでその名前は知っていました。十字軍が聖地エルサレムを奪還した後に、その聖地を防衛する為に創設された部隊である。その後テンプル騎士団の勇敢な武勲が世界に広まり、キリスト教徒やヨーロッパ諸国から寄付や土地を与えられ、バチカンからも援助されて、なおかつ資産運用にも長けており巡礼者用の銀行的な機能も確立して騎士団ではあるものの武力と共に莫大な資産を築き上げたのである。

 

しかし莫大な資産を築けば築く程、周囲からは嫉妬されて狙われる存在になっていくのである。最盛期には与えられた広大な土地で葡萄畑や農園を経営しワインなどを造り、ルイ7世からは正式にフランス国家の国庫の運営も任される。そしてキプロス島全島を所有すらしていた時期もある。最初は文字通り、武力をアテにした武装勢力として活動していたが途中からは資産運用がメインとなる金満団体に変貌したようだ。

 

当時テンプル騎士団と同時期に創設された、聖ヨハネ騎士団というのがある。当時存在した騎士団の中でイスラム教徒と対峙する騎士団ではこの2つが有名である。ちなみにこの聖ヨハネ騎士団は今は地中海に浮かぶ小さな島マルタを国とするマルタ騎士団になっている。

 

このテンプル騎士団も巨額の資産を築いたがその反面、本来の聖地エルサレム守護という大役に失敗しイスラム勢力にエルサレムを奪われてしまい、彼らの名声も地に堕ちる。そしてフランス王になったフィリップ4世がテンプル騎士団の莫大な資産に目を向け、尚且つイギリスとの戦争でテンプル騎士団に借金をしていたフランスは起死回生の策として、テンプル騎士団の資産を我が物にする事を企むようになる。

 

そしてフランス王フィリップ4世は当時のローマ教皇だった教皇クレメンス5世がフランス人だった事もあり、教皇を巧みに操りテンプル騎士団に反キリスト教の罪をなすりつけたのである。

 

その影響で多くのテンプル騎士団所属メンバーが捕らえられて、罪を自白するまで拷問されたという。そして1314年にはテンプル騎士団の資産を没収したフランス王フィリップ4世は、テンプル騎士団の指導者ジャック・ド・モレーなど4人を生きたまま火炙りにしたという。そしてテンプル騎士団の汚名は19世紀まで疑われる事すらなく過ぎていったが、19世紀にフランス人学者が異議を唱えた。そして今世紀に入りローマカトリック総本山であるローマ教皇庁が”テンプル騎士団は冤罪であると公式に声明を発表”して、数百年ぶりにテンプル騎士団の汚名が取り除かれたのである。

 

そんなテンプル騎士団はフランスでは悲惨な目に遭ったが、ポルトガルやスコットランドではテンプル騎士団を信用していたそれぞれの国王がフランスの動きには同調せずにテンプル騎士団を守った。1312年にテンプル騎士団が解体された後に、ここポルトガルでは先程訪れたコインブラ大学を創設したディニス1世により、キリスト騎士団として存続する事になる。

 

そしてここがそんなテンプル騎士団だったキリスト騎士団の本拠地として、活動する事になった砦&修道院である。

 

 

話は変わるけど、今回の添乗員さんは植物には全く興味が無い人でツアー参加者さんの誰かが「この花は何て名前ですか??」とか聞くと「これは花です!! 以上」と答えていた。

添乗員さんによって植物に詳しい人もいるけど、今回はハッキリと「花とかは全然分かりませんので!」と宣言されていましたね。。

 

初めはイスラム勢力と闘う団体として創設されたテンプル騎士団。最終的にはローマカトリック信者同士で、仲間割れして滅ぼされてしまったというのが人間らしいというか皮肉なように思える。最終的に”人間は欲望に負ける”というのが過去の歴史を見れば分かるのである。。

 

こんな旅はまた次回に続きます!

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