【神秘のペトラ遺跡&死海&聖地エルサレム巡礼旅】3日目
【1人参加旅ツアー・阪急交通社(トラピックス)】2019年8月23日~30日
ひたすらに歩き続ける?!
シークを突き進む!
ここはヨルダンにあるペトラ遺跡内、「シーク」と呼ばれる断崖絶壁の渓谷が約1.2kmも続く壮大な景色が見られる場所。ここを抜けるだけで、ゆっくり目で歩くと約40分かかりました。
この崖の高さは60~100m程で、”宝物庫エル・ハズネに続く道”みたいな感じで、神秘的なイメージを出しています。
結果的に約8時間も滞在したペトラ遺跡。8月とちょうど一番暑い時期に訪れたので、直射日光が当たる場所では当然の如く暑いのですが、こちら中東地方は日本に比べると湿気が少なくあまり汗を掻きません。汗を掻いてもすぐに蒸発します。なので日本と同じように”汗をたくさん掻いたから水分補給をしないと”と考えていると、あまり汗を掻かないので水分補給が要らないように思っちゃいますが、ちゃんと汗は出ているので 必ず水分補強はこまめにしていきましょう!
こちらの岩は「とある動物に似ている」というもの。何だか分かりますか??
本当に至る場所で愛称”ローマ法王”のオジサンがカットインしています。それだけ写真や動画を撮って、何か管理とか処理とかするかと聞くと「引退してから、する予定」との事でとりあえず目に付いたものはひたすら撮影するだけのようでした。。
岩の隙間を敢えて進んでみます。
すると向こう側からその姿を写真に撮られていましたね・・。
そこそこ、この渓谷を進んできたつもりですがまだ肝心なエル・ハズネはまだ全然見えてきません。全長1.2kmだけあって、そうは簡単に姿を表しませんね。
このシークでは、馬車も走っています。
なので道には馬の糞も落ちているので、足元にも注意しながら歩かないといけないのでちょっと大変・・・断崖絶壁の渓谷を見上げながら、足元も見ながらと。。
これから先の渓谷は、ここまで歩いてきた中でもさらに狭くなっている。
そんなシークに感激しながら進んで行く一同。こうやって海外旅行は皆さん年甲斐もなく”楽しい物は楽しい”って感じで、楽しめるのがいいですね!
こちらでは”ウッディ姉さん”がまた人形を岩に置いて、写真を撮っています。すると他の人達もそれに便乗して、一緒に撮影しだします。
ウッディの人形を、さっき見えた狭い渓谷をバックにして、いい撮影ポイントに置いているようです。
色んな場所にウッディを連れて行って、その写真を撮るのが楽しいようです。旅行に行けない人の為にその人が可愛がっていた人形を海外に連れていって写真を撮ってくるサービスに触発されたそうです。
ヨルダンという国が出来たのは20世紀に入ってから。第一次世界大戦前まではオスマントルコ帝国の領地だったこの中東は、イギリスの策略によりこの地方に住んでいたアラブ人が「アラブの反乱」を起こします。この時イギリス側の連絡員だったのが、トーマス・エドワード・ロレンス大佐で、あの有名な「アラビアのロレンス」という映画になった人です。
そしてこの「アラブの反乱」はイギリスの思うがままに上手くいき、オスマン帝国は弱体化しますが「反乱が上手くいったらアラブの新しい国を作らせてあげる」と約束していたイギリスはフランスとも密約を交わしており、そのアラブが新しい国を作ろうとしていた場所はフランス領土でした。その為、その地に新しいアラブ人の国を作る事はできなかったのです。
それを見かねて、当時イギリスの植民地相だったチャーチルは妥協案としてヨルダン川の東側に「トランス・ヨルダン」という国を作る事を認めました。これがヨルダンという国の始まりになるのです。本来はヨルダン川西側のエルサレム付近まで領土がありましたが、中東戦争の結果、ヨルダン川西域はイスラエルに奪われてしまったのである。
ウッディを撮影するウッディ姉さんの周りには、ついでに写真を撮ろうと人が集まってきています。
幅の狭くなってきているこの渓谷辺りを、映画「インディージョンズ3/最後の聖戦」のラストシーンでインディーらは馬に乗って駆けていったのだろうか?!
断崖絶壁のシークの景色 動画
この辺りの地面はこのように石畳で整備されていた。
こんな渓谷でもそれぞれ左右の一番下には、用水路をしっかりと造っていた。古代ナバタイ人は水を大事に使う事で生き残ってきた。そういった能力が遺憾なく発揮された用水路跡である。
古代ナバタイ王国では地中海へ抜ける貿易ルートの中継地点として、莫大な富を得て人口も増えていった。紀元前4世紀頃には1万人だった人口は紀元前2世紀頃には約20万人と膨れ上がった。しかしその後は貿易ルートが紅海を進む海上ルートと、陸路ではシリア砂漠を抜けるルートが主流となり、ナバタイ王国はメインの収入源が無くなり、その後は度重なる地震の影響もあり衰退していった。「栄えれば必ず滅びる」というこの世の逆らえないルールである。
『人は死に、国は興亡するかもしれない。しかし思想は生き続ける』
by ジョン・F・ケネディ
確かに滅びてしまったナバタイ人ではあるが、その生き様や思想はこうやって遺跡で生き続けているのである。
シークを歩く上半身裸のお兄さんの姿が。。でも暑いからといって服を脱ぐと、直射日光が当たる場所では余計に暑くなったりするのだけどね。
このエリアは「サビノス・アレクサンドロス・ステーション」と呼ばれる、主神ドゥシャラーの祭儀を行う教団のリーダーの名前が付けられた場所。
こちらはその案内が載っている説明板。この説明板は先程までの物に比べると砂が被らないからか、綺麗でしたね。
一番右は主神ドゥシャラーを表す彫り物だそうだ。
頭の上の景色はご覧のように崖が切り立っている。このおかげで直射日光が当たらないので、ちょっと暑さから休憩できるシークである。
何とも言えない素晴らしい景色のシーク。渓谷の足元にはちゃんとここでも用水路が左右に掘られている。左側は飲料用、右側は灌漑用とそれぞれ役目が違う。そしてここには素焼きの水道管が埋め込まれている。
神様は信じない男。ただし日本で育ったからいって無心教ではなく、”神道”という日本独自の考え方は日本の教育制度や住んでいる地域からなど、知らぬ間に身に付いている。そんな日本では多神教で土地毎に色んな神様がいるという考え。なので新しい建物を建てる前に行う地鎮祭を見ても別に不思議には思わないと思う。という事は自分では知らず知らずのうちにそんな宗教を認めているという事なのである。
この中東地域などの雨が極端に少ない場所では、雨が降るか降らないかが作物を育むのを大きく左右する為に、雨乞いなどのお祈りをする事が多かった。なので雨を降らせる神様を祀っている所が多いのである。
今ではこの用水路には水が流れてはいないけど。去年このペトラ遺跡を洪水が襲った時に、ここにいた観光客の人は、この用水路の上に飛び乗って難を逃れていたっけ。
先日「フリーソロ」という、命綱を付けずにフリークライミングする選手に密着し、山の崖を登る姿を捉えた映画を見たけど、そんなクライマーが登る聖地にもなりそうなシーク。
よ~~く岩を見てみると、切れ目が入っている部分もある。これは自然に出来たものか、人工的に入れられたものなのか?
断崖絶壁のシークの景色 動画2
この奥に見える亀裂が2本並んでいるのも、同様に自然に入ったものなのか?!
中東では湿気が日本に比べると少ないので、この8月と暑い時期であっても太陽の直射日光が直接当たらなければそこまでは暑く感じない。
ただしこんな8月の暑い時期には観光客は少ないようで、お陰で暑くはあったものの、快適に見学ができて写真も撮る事ができた。
用水路の先に何やら盛り上がっているのが見られる。
この場所にはキャラバン隊の像が掘られていたという。ただし上半身部分は風化した影響で殆ど残っていないが、下半身部分は砂に埋もれていた為にこのように綺麗な状態で残されている。
このペトラ遺跡も全体の内、僅かにしかまだ発掘がされていないという。シークからエル・ハズネに近づく道を掘ると、このような像も出てきたり、地下室とかも出てきたようだ。
昔の像などが風化せずに残るに一番いい方法は、このように砂に埋もれる事。エジプトの古代遺跡なども綺麗に残っているものは砂の中に隠れていた。
これらのキャラバン隊の像も、後からこの像を作った訳ではなく用水路を作った時か、その前までに作られていたのだろう。
こちらにはまたダムの跡が残っている。約2000年も前の時代も水害対策をしていたペトラの地。水をコントロールする力がその文明の繁栄するかのキーだったのだろう。
この8月の暑い時期に訪れたからか、そんなこの地が洪水に襲われるなんて事を耳にすると全く信じられないのであるがそれは実際に起こるのである。
こちらは馬かラクダの体が掘られているが、上の半分は風化していて消えてしまっている。。
なので3000~4000年も建てられてから経過するエジプトのピラミッドの凄さが改めて分かる。
この辺りも何かが掘られていた場所。
このペトラ遺跡内には、壁に掘られたものがこれからも一杯でてくるのである。
世界遺産となった、このペトラ遺跡には監視員のような恰好をした人は居なかった。だけどこの辺とかで座っている人がスタッフだったのかな?!
まだまだシークは続く。いくら歩いても、この渓谷が続く光景は感動的である。
そしてそんな1.2kmのシークに沿って、ず~~っと用水路も続いている。
この先の渓谷も左右の岩がくっつきそうな位に引っ付いている感じ。
ペトラ遺跡では一番有名なエル・ハズネに向かう為に通る、このシークの通り道は大人気なんだとか。観光客はエル・ハズネを見る為には必ず通らないといけない道なのであるが。
断崖絶壁のシークの景色 動画3
ただし一本道なので迷う事なく、進める。
このようにまだまだシークは続くのであります。
その様子はまた次回に続きます!
↓↓↓↓ヨルダン&イスラエル旅行記:初回↓↓
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